『(略)日本が一番“おいしい”フットボールマーケットである理由』

 今年1月、『ニューヨーク・タイムズ』紙が運営するオンラインスポーツメディア『ジ・アスレティック』に、そんなタイトルの記事が掲載された。ベルギーのシント=トロイデンの立石敬之CEOや“トムさん”の愛称で知られる指導者トム・バイヤー氏、2019年に横浜F・マリノスをリーグ優勝に導いたアンジェ・ポステコグルー監督らの発言を元に構成された興味深い長編だ。

「ここが世界でもっともお買い得なマーケットだ」

 立石CEOは、今や日本人選手にとって欧州の登竜門的な存在と認知されているクラブの実権を握るようになった経緯や、最初に「購入した」3選手──冨安健洋、遠藤航、鎌田大地──の成功がシント=トロイデンの認知度を高めたことなどを語っている。

 トムさんは日本サッカーの育成段階における独特な文化的背景(高校サッカー、練習時間の長さなど)や、技術面の重要性を植え付けた自身の哲学を説明し、現トッテナムのポステコグルー監督は、三笘薫を初めて見た時の衝撃や、彼を輩出した大学サッカーについて話している。

 またベルギーのモレンベークのチーフスカウトは、近年のJリーグの印象を次のように語った。

「このリーグのベストプレーヤーたちは、(欧州の)異なるリーグに移っても極めて高い能力を発揮できることに、私たちは気づいた。現時点で、ここが世界でもっともお買い得なマーケットだ」

 そしてまた別のスカウトは、1月にジュビロ磐田からベルギーの名門アンデルレヒトに移った18歳の長身FW後藤啓介について、マンチェスター・シティのアーリング・ハーランドを引き合いに出して紹介。買い取りオプション付きのローン契約であることから、リスクの少ないギャンブルだとも記されている。

“廉価にもほどがある移籍金”という側面もあるが

 欧州のフットボール関係者が、「正気の沙汰か!(insane!)」と驚愕するほど安い資金で優秀な人材が獲得できる市場──それが現在のJリーグだ。

 日本サッカー界全体のことを考えると、あまりにも廉価な移籍金(欧州や南米出身の同レベルの選手と比べて、ひと桁もふた桁も安いケースも)については、利害関係者が真剣に議論を重ね、なんらかの策を講じるべきだと思う。それでも、この競技の中心地から遠く離れた極東の島国のリーグが、今や地球上で一番ホットなフットボール市場と評されている事実に驚く。

 これは世界が日本人選手のクオリティーに気付き始めた、ということなのか。それともシンプルに、日本人選手のレベルが無視できないほどに高まっているのか。

ゴミス「川崎のユースにも顔を出す。常に…」

「今では誰もが日本のことをフットボールネーションと捉えている」

 こちらの質問にそう答えたのは、川崎フロンターレのバフェティンビ・ゴミスだ。2月中旬のスーパーカップで彼らがヴィッセル神戸を下した後、国立競技場の取材エリアで声をかけると、38歳のストライカーは素敵な笑顔で快く応じてくれた。

「私はフランスやイングランド、トルコ、サウジアラビアでプレーしてきたが、日本には学ぶためにやって来た。人間としても素晴らしい経験ができているよ。私は日本の文化や人々が本当に好きなんだ。これまでにサンテティエンヌで松井(大輔)、マルセイユで酒井(宏樹)、ガラタサライで長友(佑都)と共にプレーしたが、彼らの印象も最高だった」

 プレミアリーグやチャンピオンズリーグ、欧州選手権といった至高の舞台に立ってきた元フランス代表ストライカーは続ける。

「Jリーグは多くのチームが優勝を狙える面白いリーグだ。レベルも高く、ものすごくタフだから、毎試合、気を抜くことなんて絶対にできない。今日は勝てたけれど、次の試合でも同じ結果が得られるかどうかはまったくわからないよ。

 私は(川崎の)ユースチームにも顔を出すんだけど、少年たちは情熱と規律、決意を持って意欲的に練習に取り組んでいる。指導者の教えをよく聞き、常に学ぼうとしているんだ。日本のフットボールの未来は明るいはずだよ」

日本と戦い、セルティック勢を知るキューウェルは?

 横浜FMのハリー・キューウェル新監督も、現役時代に真のトップレベルでプレーした人物だ。45歳のオーストラリア人指揮官は1月の就任会見でこう語った。

「ここ2、30年ほどの間に、あなたたちは驚くほど素晴らしい選手たちを生み出してきた。複数の日本人選手が欧州でプレーする一方、日本のリーグも継続的にレベルが高まっている。今の代表チームも実にパワフルだ」

 “イスタンブールの奇跡”と呼ばれる2005年チャンピオンズリーグ決勝を制したリバプールの一員だった彼は昨季、セルティックでポステコグルー監督のアシスタントコーチを務めていた。かつてはオーストラリア代表アタッカーとして日本代表のライバルであった彼だが――そこで共に働いた日本人選手について、次のように明かした。

「(前田)大然とはよく1対1で話したが、あれほど大きなポテンシャルを持つ選手が、まだまだ成長しようとする姿勢に感銘を受けた。おそらくここ(横浜FM)の選手たちも、同じではないかと思う。

 またアンジェには、彼が日本で指導していた頃の話をよく聞いたよ。もし私が日本で監督をするなら、絶対に楽しめるはずだと彼は言った。なぜなら、常に成長を望むモチベーションの高い選手たちと共に仕事ができるからだ、と。それは監督にとって、なによりもワクワクすることだからね」

世界のJに対する熱視線は、過去になく高い

 彼らの言葉はきっと、リップサービスではない。育成からアマチュア、そしてプロフェッショナルまで、この国のフットボールの取り組みは正しい軌跡を辿ってきたのだろう(なにかと芸能人に頼りがちなマスメディアはさておき)。だからこそ、世界中のクラブがJリーグに熱い視線を送るようになっているのだと思う。その温度は過去になく高い。

 願わくば、日本人選手の移籍金がより適正な額に上昇し、それによってJリーグのクラブが潤い、一線級とは言わずとも、ファンがチケットを買ってでも生で観たいと思えるような外国籍選手がもっともっと増えるといい。それがまたリーグ全体を盛り上げることにつながるはずだ。

 私たちの国のフットボールリーグ、そしてこのスポーツ全体に、そんな好循環が生まれることを願う。

文=井川洋一

photograph by AFP/JIJI PRESS