2022年ワールドカップ(W杯)のグループステージ(GS)でドイツとスペインというW杯優勝歴のある両大国を倒して以降、フットボール王国ブラジルにおけるサムライブルーへの注目度は飛躍的に高まった。2026年W杯アジア予選の日本がらみの試合は、たいていテレビ中継されてきた。
しかし、21日に東京で行なわれた2026年W杯アジア2次予選グループB第3節北朝鮮戦は、珍しくテレビ中継がなかった。このため、試合翌日、ブラジルメディアでこの試合について報じたのは『ジョガーダ10』というスポーツ電子版だけ(この記事を転載したメディアはあった)。
記事の見出しは「日本がW杯アジア予選でまた勝利」。「日本の試合開始直後のプレーは素晴らしく、MF堂安律からのパスをMF田中碧が見事に決めた。しかし、その後はいくつかの決定機を外し、後半は北朝鮮の反撃を受けて苦しんだ」として、「価値ある勝利ではあったが、試合内容はやや物足りなかった」と評した。
実は――ブラジルメディアきっての日本フットボール通で、筆者がサムライブルーの試合の感想を聞かせてもらうことが多いチアゴ・ボンテンポ記者は、この試合を国立競技場で生観戦していた(注:彼は22日、スポーツ電子版『グローボ・エスポルチ』に「日本の“マラカナン”コクリツで試合を観戦して」と題するコラムを発表した)。そこで試合後、ボンテンポ記者に話を聞かせてもらうことにした。
マラカナンで1−0ならブーイングが起きるけど
――これが2度目の来日ですが、国立競技場で試合を観戦するのは初めてだったそうですね?
「そうなんだ。コクリツは日本のフットボールの聖地だから、以前からぜひともここで試合を見たいと思っていた。それも日本代表の公式戦とあって、とても興奮した」
――日本代表サポーターの応援をどう思いましたか?
「映像ではいつも見ていたが、ゴール裏に陣取ったウルトラス・ニッポン(注:日本代表のサポーター集団)の応援は非常に迫力があり、90分間、全く途切れることがなかった。ただし、他の観衆は彼らに呼応せず、大人しかったのは意外だった(注:ブラジルでは、代表戦になるとゴール裏のサポーターのみならずスタンド中の観客が熱烈な応援を繰り広げる)。2019年に来日したときに埼玉スタジアムで試合を観戦したが、応援の熱量では埼玉スタジアムの浦和レッズのサポーターやファンの方が上かもしれない。
それから、日本のファンは忍耐強いね。
もしセレソン(ブラジル代表)がブラジルのフットボールの聖地マラカナン・スタジアムでベネズエラあたりに1点差で辛うじてリードしていて、しかも反撃を受けたら、間違いなく激しいブーイングが起きる。でも、コクリツでは誰もブーイングを浴びせなかった。これは、国民性、文化の違いなんだろうね」
ジュンヤ・イトウは少々デリケートな問題だね
――森保一監督は、性的暴行で訴えられているFW伊東純也を招集しませんでした。「本人を守るため」と説明しましたが、どう思いましたか?
「少々デリケートな問題だね。何が起きたのか、よくわからないし……。日本サッカー協会は、裁判所の判決が出てから態度を決めようとしているのかな。
ブラジルでも、2019年にネイマール(アルヒラル)がある女性から性的暴行で訴えられたことがあったが、証拠不十分で起訴されなかったから、セレソンへの招集には支障がなかった。FWアントニー(マンチェスター・ユナイテッド)は、昨年9月に元恋人からDVで訴えられ、代表招集を取り消された。以後、彼はクラブでのプレー内容が低下したこともあり、セレソンに呼ばれていない」
――この試合で、森保監督が選んだ先発メンバーをどう思いましたか?アジアカップでレギュラーだったMF遠藤航とFW久保建英が外れ、故障が癒えて代表へ復帰したGK大迫敬介も先発しませんでした。
「遠藤と久保が先発しなかったのは意外だったけど、クラブの試合での疲労を考慮したのかな。GKに関しては、僕は大迫を最も高く評価している。森保監督は、鈴木彩艶の将来性に懸けているようだね」
タナカがMOM。マエダはスーパーサイヤ人
――試合開始早々、日本が先制しました。
「理想的な展開。アジアカップでも、こういう流れにしたかった。その後も決定機を作ったから、前半のうちに2点目を奪って試合を決めたかった」
――ところが、後半、北朝鮮の反撃を受けて苦しみました。なぜあのような試合展開になったのだと思いますか?
「まず、北朝鮮が戦い方を変えてきた。日本にリードされており、あのままでは追加点を奪われる可能性が高かったから、攻勢に出るしかなかった。一方、森保監督は慎重な戦い方を選んだ。後半13分にMF遠藤を入れて守備を強化し、後半29分にはMF堂安の代わりにCB谷口彰悟を入れてフォーメーションを3バックに変えた」
――日本選手では、誰の出来が良かったと思いますか?
「私が考えるマン・オブ・ザ・マッチは、田中。見事なシュートで先制ゴールを決め、その後も攻守両面で素晴らしいプレーをみせた。彼の先発起用に関しては、森保監督のチョイスが的中したね(※ボンテンポ記者が『グローボ・エスポルチ』で記した採点で田中は7.5点で最高点となっていた)。
右SB菅原由勢は積極的な攻撃参加が目立った。クロスの質に改善の余地があるが、守備面でも安定していた。 CB町田浩樹は、空中戦で強さを発揮したし、フィードも良かった。堂安は先制点をお膳立てし、守備でも頑張った。前半13分に決定機を外したのが悔やまれる。
金髪になったFW前田大然は、まるで『スーパーサイヤ人』(漫画「ドラゴンボール」で、サイヤ人が変身して戦闘能力が大幅に向上した形態。金髪と金色のオーラが特徴)。トレードマークである鬼プレスに加え、攻撃面でも貢献した。後半43分の絶好のチャンスを決めたかったが……」
オオサコは招集されてしかるべきと思うが…
――その一方で、期待を裏切ったのは?
「センターフォワードの上田綺世。意欲は感じられたが、決定的な働きができなかった」
――森保監督の采配については?
「意外な選手を先発させ、立ち上がりはそれが的中した。前半のうちに追加点を奪って試合を決めたかったが、それは叶わなかった。後半は、勝ち点3を確保するため慎重な戦いぶりで、危ない場面もあったが、結果は吉と出た」
――CFに関しては、昨年、大迫勇也が絶好調で、Jリーグの得点王にしてMVP。「彼を招集するべきだ」という声が少なくない。
「私も、実力的には彼が招集されてしかるべきだと思う。しかし、森保監督は彼が2026年W杯まで現在のプレー水準を保つのは困難と考え、もっと若い選手を起用しているのだと思う(北中米W杯開幕時点で大迫は36歳)。上田は、先日のアジアカップでチーム最多の4得点を記録し、ポジションを手にしつつある。しかし、今季、フェイエノールトでは控え。28試合に出場して2得点に留まっている。クラブでもポジションを取り、さらに成長してほしい。後半36分に小川航基が出場したが、もっと長い時間見たかった。いずれにせよ、CFのポジション争いが激化するのはチームにとって良いことだ」
――左サイドバックの伊藤洋輝は?
「これまでの試合よりは良かったが、もっともっとできるはず。個人的には、長友佑都を見たかった」
ブラジル人が見る“北朝鮮のイメージ”は?
――なるほど(笑)。対戦相手だった北朝鮮で目についた選手は?
「チーム最大の特長は、チームワークとハードワークだね。一番目立ったのはGKのカン・ジュヒョク。難しいシュートを何本も防いでいた」
――北朝鮮のサポーター、ファンの応援については?
「とても熱心で、なおかつ非常に統制が取れた応援をしていた」
――ブラジル人一般の北朝鮮についてのイメージは?
「ブラジルからはあらゆる面で遠い国であり、話題になることは少ない。それでも、2010年W杯のGS初戦で対戦した際にはかなりの報道があった(注:2−1でブラジルが勝利)。北朝鮮はGS最下位で敗退したから、『帰国後、監督や選手が拷問を受けたり重労働の刑を科せられたようだ』とも報じられた。一般的には、『独裁者が率いる共産主義の国で、非常に閉鎖的』というイメージだね」
――日本人が持つイメージとほぼ同じようですね。ただ、日本と違ってブラジルにはミサイルが飛んで来ませんが(笑)。
興奮を隠せなかった国立での観戦、そして日本滞在も
憧れの聖地コクリツでの初観戦とあって興奮を隠せなかったボンテンポ記者だが、冷静に分析してくれた。
日本代表の戦いぶりとともに知りたいのは、ボンテンポ記者の目に2024年の日本・東京がどう映ったか――。大好きだというアニメ、日本食などの文化面、フットボールよりも野球、とりわけ大谷翔平に関する報道が圧倒的に多い日本のスポーツメディアの報道についても、 冷静な意見をもらった。
<つづきは第2回>
文=沢田啓明
photograph by Kiichi Matsumoto/JMPA