モントリオールで開かれた世界選手権(3月20−24日)の男子シングルを制したのは、自称“4回転の神”イリア・マリニンだった。フリーでは4回転アクセルを含む6本の4回転を降り、まさに神がかった演技を披露。彼の進化の源はいったい何なのか――。興奮の冷めやらぬマリニンが、現地で単独インタビューに応えた。

――初優勝おめでとうございます。改めて、金メダルを獲得した実感はいかがでしょう?

マリニン まだ現実味がありません。もちろん、これまで必死に努力して、出来うる限りの練習をしてきましたが、この偉業を実際になしえたことには、本当に驚いています。いま、ひとつ言えることは、自分の夢に向かって何%のエネルギーを費やせたか、自分を何%信じることが出来たかが、結果を左右するということです。今回の僕は、100%だったと言い切れます。

――それでは、演技を振り返っていきたいと思います。ショートプログラムはパーフェクトの演技で、僅差の3位発進となりました。

マリニン 実は、世界選手権の1週間前は、本当に大変な週でした。怪我で練習を休み、試合に出るかどうかを悩むほどの状況だったのです。でも両親と話し合って、どんな気持ちでも、どんな体調でも、ベストを尽くそうと決めて、試合に出ることを選びました。

 モントリオール入りしてからは、大会の雰囲気や他の選手たちの刺激で、アドレナリンが出て、怪我を忘れるくらいに気持ちが高まりました。僕より前に滑った(鍵山)優真が素晴らしい演技をしたのも刺激になり、本番は、観客の声援で興奮して、滑りぬく事ができました。今回は、本当に観客に助けられたと思います。

「いま僕は主人公なんだ」という感覚

――フリーでは、4回転アクセルを含む“6本の4回転”を成功させました。4回転アクセルを入れようと判断したのは、いつですか?

マリニン 6分間練習の時は、4回転アクセルの感覚がパーフェクトではありませんでした。そこから順番を待っている間は、迷いながら過ごしていて……。いざ氷に降りた瞬間に感じたのは、「今日は人生最高の演技か、逆に最悪の演技になるか、どちらかだ」という不思議な感覚でした。それで、「これは自分の心をコントロールできるかどうかが勝敗を左右する」と悟りました。1分弱の持ち時間を使って、呼吸を整え、自分を信じることだけに集中したんです。スタートポジションを取った瞬間に「やっぱりシーズン最後のこの試合で、自分のすべてを出し切りたい」と強く思いました。筋肉の記憶に頼ろう、4回転アクセルを入れよう、と決めました。

――4回転アクセルを成功し、次々と4回転を決めていきました。

マリニン 演技中は、観客の歓声がどんどん大きくなるのを感じて、そこからエネルギーを受け取りました。後半のステップシークエンスのあとに、ふと我に返る瞬間がありました。観客が見え、歓声が聞こえ、「ああ、いま僕は主人公なんだ」という感覚を味わいました。ジャンプが成功したかとかミスしたかではなくて、身体が反応するままに動いている感じでした。最後のポーズを取ったら『これは大変なことをやってのけてしまった!』と気持ちが爆発して、身体を支えていることが出来ずに氷の上に寝転んでしまいました。感動で、身体がいうことをきいてくれなかったのです。あんな感覚は初めてでした。

――それでは今季全体の進化を振り返って行きたいのですが、GPシリーズでは4回転アクセルを封印し、GPファイナルではショートにも4回転アクセルを入れました。どんな戦略でシーズンを過ごしてきましたか?

マリニン 昨年の世界選手権は、4回転6本に挑んでもミスがでて3位という結果でした。当時の僕としては快挙でしたが、さらに上を目指すには、まずいったんクリーンな演技をすることや、スケーティング技術そのものを伸ばすことに集中しようと思ったんです。GP2戦は、負担のかかる4回転アクセルはなくしたことで、良い演技ができました。GPファイナルに進出できたことが嬉しくて、もう一度4回転アクセルに挑戦しようと思いました。

手足にウエイトを付けて滑るトレーニング

――ジャンプの質やスケーティングの向上のために、どんなトレーニングをしたのでしょう?

マリニン 効果的だったのは、手足にウエイト(おもり)を付けて滑るトレーニングです。これは基礎スケーティングを強化する良い時間になりました。ウエイトをつけていると、左右の体重の掛け方や、体重移動のさせ方が、とても難しくなります。適当に振り回すようなターンをしたら、身体が振り回されて転んでしまいますからね。膝の曲げ伸ばし、エッジのイン・アウト、腰のひねり、体重の掛け方、すべてを正確に行わなければ、足がすっぽ抜けてしまいます。この練習によって、本当に正確なエッジワークや、パワフルなスケーティングを身につけることができました。

――ウエイトをつけてスケーティングするなど、聞いたことがありません。日本の古いアニメでは、そういったスパルタトレーニングをするシーンがあります。

マリニン ははは。たしかにアニメのスパルタトレーニングみたいですよね。でも、それほど強制的に毎日やるようなものではありません。役に立つとはいえ、脚に負担がかかるので、長時間やるとトレーニング効果が落ちるんです。筋力がつきすぎることもフィギュアスケートの場合は不必要なこと。なので、タイミング良くウエイトをやめて、普通のプログラムの通し練習に切り替えていました。あと、ウエイトをつけたままジャンプ練習はしません。ウエイトがあると遠心力が変わって振り回されるので、とても危険ですからね。

回転速度を上げるためには…

――ジャンプの向上に向けてはどのように取り組みましたか? 特に、ジャンプの回転速度がとても速いのですが、どのようにして身につけたのでしょう。

マリニン 回転速度を上げるには、いくつかの段階がありますが、結論としては練習の回数です。まずは、テクニックを完璧にマスターするために、繰り返し練習します。何度でも同じクオリティのジャンプを跳べるようにするのです。テクニックが完璧になると、ジャンプのために必要な、高さ、回転速度、タイミング、スピード、ランディングの姿勢といったすべての要素が、身体の中で一直線につながるんです。その状態になれば、高さを出そうとか、回転速度を上げてみようといった、次のチャンスに挑戦していけます。

――ジャンプへのアプローチは、元スケーターであるご両親から教わるのでしょうか?

マリニン このテクニックを教えてくれたのは、間違いなく両親です。ただしジャンプが上手になるためには、ジャンプの練習だけでなく、他の基礎的なスケーティング技術も重要です。ですから、まずは僕のスケーターとして土台となる部分を、幼い頃から作り上げてくれたことに、なにより感謝しています。両親が、普段の生活でも練習でも、すべての面で、金メダルへと繋がっていく道筋を示してくれていました。

――お母さんのタチアナ・マリニナは、日本でも人気のあるスケーターでした。

マリニン 母のことは本当に尊敬しています。金メダルを獲った夜、すぐに母には電話したのですが、大きな衝撃を受けていて、僕が成し遂げたことをとても誇りに思うと言ってくれました。母から言われるのは、とても大きな意味がありました。

日本人スケーターとの交流

――マリニン選手は、日本の男子スケーターと仲が良いことでも知られています。今回は、宇野昌磨選手、鍵山優真選手、三浦佳生選手らとも交流できましたか?

マリニン みんな素晴らしいライバルで、本当にクールなスケーターばかりです。しかも僕たちはみんな仲が良いんです。日本の選手は、スケートというスポーツに、独自の文化を持ち込んでいる点が素晴らしいと思います。スケーティングのていねいさ、演技の繊細さ、食事管理の緻密さ。それは米国では考えられないほど細かく管理されています。それにトレーニングの仕方も、やはり国によって違いますよね。僕の両親は欧州(ウズベキスタン・旧ソ連)ですし、いまは米国式でトレーニングしますが、日本はまた違う練習スタイルがあります。試合の時の、公式練習やウォーミングアップも、みんな違う。同じ競技なのに、いろいろなアプローチがあるのを知ることができて、とてもおもしろいです。

――宇野選手が、バックヤードでマリニン選手から優しくしてもらったと話していました。どんな交流をしたのでしょう?

マリニン 僕はいつも、誰とでも仲良くしようとしています。ライバルだからって、喧嘩したり嫌いになる必要はないでしょう? そして日本のスケーターはみんな、とても友好的です。確かに昌磨とは言葉の壁はあるかもしれませんが、それは気になりません。お互いの行動を見て、笑顔を交わすだけでも、言いたいことが分かります。僕はいつも、友だちになる方法を探しています。特に、僕は日本の文化が大好きなので、彼らと、アニメやゲームなどカルチャーのことを共有する時間は楽しいです。試合ではライバルという形になりますが、実際には僕たちはスケートの仲間という意識です。

――今回の世界選手権には来ていませんが、日本のトップスケーターのひとり佐藤駿についてはどう感じていますか?

マリニン 僕は、彼のジャンプテクニックが大好きです。彼のジャンプを初めて見た時に、すぐにこう思いました。「僕に似てる」って。彼はとても回転速度が速くて、跳び上がりのテクニックは特に、僕に似ています。そして今季の彼のプログラムはとてもクラシカルなスタイルで、これは僕にはない魅力を持っていました。とても好きなスケーターです。

5回転ジャンプは、いずれは可能

――来季以降に、再びショートで4回転アクセルを入れることや、5回転に挑戦するなどの計画はありますか?

マリニン 来シーズンにどんな戦略でやっていくかは、決まっていません。ルール変更があるシーズンなので、4回転アクセルの基礎点がどうなるのか、ジャンプのGOE(出来栄え点)がどうなるのか、そのほかさまざまなルールを見て、技術点を最大化するための戦略を考えたいと思います。

 5回転ジャンプは、いずれは可能だとは思っています。まずは、4回転から5回転にするために何が必要なのか、条件を考えている段階です。回転速度、高さ、スピード、筋力、何を進化させればいいのか。そして、どの種類のジャンプなら、進化させることが可能なのか。僕の両親は、本当に素晴らしいアイデアを持っているので、新たなチャレンジの助けになってくれると思います。

 日本でのショーツアーが終わったら次のプログラムを作ると思うので、新たな目標に向かって走り出したいと思います。

――ありがとうございます。来季の活躍を期待しています。

(2024年3月24日、モントリオールにて取材)

文=野口美惠

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