「ダサい勝利でも、偶然の大金星でもなんでもいい。とにかく勝って、ベルトを全日本に取り戻せてよかった。今日の試合で胸を張ってオレがチャンピオンだとは言えないけど、オレはここからベルトと共に成長していく。どんな試練も困難も乗り越えてみせる。その先に全日本のエースがあると思うから」

 3月30日、大田区総合体育館。全日本プロレスの安齊勇馬は、三冠ヘビー級王者・中嶋勝彦にジャーマンスープレックスホールドで勝利した。安齊は24歳10カ月で史上最年少の三冠王者になった。デビューからわずか1年半での戴冠は快挙だった。

中嶋勝彦にメッタ打ちにされ「引き分けさえ困難では」

 ジャンボ鶴田が1989年4月に大田区体育館でスタン・ハンセンを破り、初めて三冠(インターナショナル、UN、PWF)統一に成功してから35年の歳月が流れていた。体育館の建物は新しくなったが、安齊も「大田区」で第72代三冠王者になった。

 安齊は試合の序盤にジャンピングニーパッド2発とスープレックス1発を放ったくらいで、約20分の試合時間のほとんどを中嶋から攻撃されていた。中嶋のキックをキャッチしようとしたが、それもままならずにキックのメッタ打ちにあって、倒れ込んだ。

 だが、よく見ると安齊の目は死んでいなかった。必死に立ち上がって中嶋に食らいつこうとした。それでも、その踏ん張りは反撃とは呼べないような、ひ弱なものに映った。中嶋が形相を変えて安齊を叱咤している。「ほら、どうした赤ちゃん!」とでもいうように。

 中嶋は安齊を「8分で倒す。8分で十分だから」と言ったが、もうその時間は過ぎていた。けれども、安齊はこのままKOされてしまうんだろうな、と筆者は感じた。逆転の要素をまったく感じなかった。もはや引き分けることさえ困難に思えた。

 ところが、中嶋に抱え上げられた安齊はスルッと後ろに降り立った。そして、この日3発目となるジャンピングニーパッドを叩きこむと、一瞬ひるんだ中嶋のバックを取ってジャーマンスープレックスを放った。きれいなブリッジだった。

 安齊はそのまましっかりと中嶋をフォールした。「勝った」というよりも、「勝っちゃった」という感じだった。

「一番頼りないチャンピオンかもしれないけど…」

「なんとか全日本プロレスにベルトを取り返しました。今までで一番頼りにならないチャンピオンかもしれないし、不安なチャンピオンかもしれないけれど、オレはこのベルトとともに成長して、この全日本プロレスの揺るぎないエースになってみせます」

 ジャーマンスープレックスホールドという文句を言われないはずの正当な技でのピンフォールなのに、プロレスファンの評価はマチマチだった。

 どちらかというと逆さ押さえ込みとか、スモールパッケージのような丸め込みフォールのような印象が残った。試合途中の安齊のふがいないパンチのせいでもあるだろう。強さを見せられなかった新王者が、そこにはいた。

 むしろ安齊のKO負けの方がすっきりしたかもしれないが、若き三冠王者誕生というニュースは全日本プロレスに新しい時代をもたらすきっかけになるだろう。そうならなければ、安齊がチャンピオンになった意味がない。

 中嶋は「負けた気がしない」と言ったが、フォールされたのは事実だ。ガウンの背の「XXスタイル」の文字のXXがはがれかかって「闘魂」が少し見え隠れしていた。どうせなら「闘魂スタイル」むき出しで戦って、もっと非情なそれを見せてほしかった。

「どんな勝ち方でも三冠ベルトを全日本に取り戻したい」

 その一心で、安齊は中嶋に挑んだ。若き王者はファンの意見にも耳を傾ける。

「10人いたら10人思うことがある。100人いたら100人の意見があっていい。それらを受け止めながら、この三冠ベルトとともに成長していきたい。ちょっと期待されている若手という目から、これからは三冠チャンピオンとして見られる。さらに厳しい目で見られる。そのプレッシャーに負けることなく、三冠ベルトに見合うプロレスラーになりたい」

24歳の新王者の思い「全日本を好きでいてほしい」

 安齊は「全日本プロレスの新時代、全日本のエース」という目の前のゴールに向かう。過去に「格好いいなあ」と思ったチャンピオンは何人もいたという。だが、その名前は口にしない。

「その人になりたいわけじゃないけれど、こんな重たいものを巻いて、あんな格好いいことをしていたんだと、いまさらのように感じた。今はベルトに巻かれている存在だが、ベルトが似合うと言われるチャンピオンになりたい。実力以上に運が回ってきた。デビュー当初から『ルックスがいい』とか言われもしたが、実力に見合っていないという厳しい声も聞いた。そんな声を少しでも覆せるように頑張ります」

 安齊は大局を見ている。

「ベルトを取れたこと、そして記録を更新できたことを素直に喜びたい。全日本プロレスは良くも悪くも動いている。お客さんが戸惑うこともあったでしょうが、この全日本プロレスを見てほしい。全日本を好きでいてほしい」

全日本プロレスに訪れた“新時代”

 挑戦に名乗りを上げたとき、安齊は「約束を守ってくれよ」というファンの声を受けて大田区のリングに立った。自分が取らなければ、全日本プロレスに未来はない、と。

「諏訪魔選手や宮原(健斗)選手がベルトを取り返しても、ただ取り返しただけ」

 ファンの声が頑張るモチベーションになった。そんな安齊に中嶋はこう告げていた。

「全日本プロレスの宝、安齊君。頑張って前に出てくるハートは認めるよ。でも自分の価値を理解していない」

 それでも安齊は「以前のボクとは違う結果になる」と自分に言い聞かせた。

 中嶋が「このカードじゃあ」と指摘したように、大田区総合体育館は満員にならなかった。主催者発表で2057人だが、半分も入っていなかった。いろいろとバッシングを受けている福田剛紀社長は大仁田厚の毒霧を浴びていた。だが、様々なものが混在する全日本プロレスはある意味面白い。

 動き出した全日本プロレスは、新三冠王者の安齊とともにもっと面白くなるだろう。「全日本プロレス 新時代!」という幕がリングに張られていた。

文=原悦生

photograph by Essei Hara