5年8カ月、史上最速でM-1王者になった令和ロマンのNumberWebインタビュー。29歳と30歳という若さで8540組の頂点に立った2人。彼らは天才か、それとも努力家か――。
「決勝前に2015年からのM-1を全部、見返したんです」これまでインタビューしてきたどの芸人ともひと味違う話をしてくれた。【全3回の前編/中編、後編へ】

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ネタ選びから“異例”だった

――おそらく準々決勝、準決勝でかけたネタを、決勝でまったくやらずに優勝したのはM-1史上、令和ロマンが初めてだと思うんです。どの組もまずは決勝のステージに上がるのが第一目標なので、そこに一番のネタをぶつけてくる。そして通過したら、当然、決勝でもそのネタを1本目か2本目のどちらかでやるものですよね。

高比良くるま そのネタで決勝に上げてもらったというのがあるから、やらないとダメだと思っているというのもあるんでしょうね。僕らも好きなネタだったのでやりたかったんですけど、やれるような状況ではなかった、ということです。

――客席の雰囲気を見て?

くるま 準々決勝、準決勝と、僕らは同じネタをしたのですが、あのネタは、お笑い好きな人なら笑える。でも、決勝のお客さんは、ちょっと雰囲気が違いましたね。もっと軽いネタ、ポップなネタの方がいいんじゃないかな、って。あと、ネタバレしているなっていうのも感じていたんです。

松井ケムリ 決勝のお客さんは、予選をけっこう観ていた人が多かったんじゃないかな。

――ネタは何本も用意していたんですよね。

くるま 一応、全部で4本ですね。実際に決勝でやった2本のネタと、準々・準決ネタと、一昨年、準決勝でやったネタです。準々・準決ネタは、予選でイチウケだったわけでもないので、この1本に頼るということはできないな、と。一度、ゼロベースに立ち返って、出順に応じてネタを考えようと思ったんです。

「2015年からのM-1を全部、見返した」

――結果的にトップバッターとなりました。トップの場合は『少女漫画』のネタだと決めていたのですか。漫画などでよくある登校中に少女と転校生がぶつかってしまうシーンの矛盾を突いたネタでした。

くるま それは決めていました。決勝前に2015年からのM-1を全部、見返したんですよ。ヘッドフォンで、音をめっちゃでかくして。そうしたら、トップはウケていたときでも、やっぱり(ウケの)初速は遅い。なので、もっとお客さんの方を向いたネタにしなきゃダメだと思ったんです。あと、流れに乗ることも考えていました。中盤、たとえば4、5、6番あたり、盛り上がりの山の中に入ったら、その組に近いテイストのネタをしないとダメなんです。空気を変えようとすると、流れが連続しない。終盤は逆に1回、落ち着いてしまうので、毛色の違うネタをやらないと爆発しないんです。わかりやすいところでいくと前大会、10番目で優勝したウエストランドさんがそうでしたよね。なので、ラスト出番だったら、流れを大きく変えるようなネタをやろうと考えていました。正統派のネタが続いていたら変化球、変化球が続いていたら正統なネタをやろう、と。

――これまでのM-1で『少女漫画』のネタほど、客を巻き込もうとした組はいないんじゃないですか。大阪だと客いじりのことを「客をいらう」と言って、年配の漫才師の方たちは嫌がるじゃないですか。だから、M-1の決勝でこんなことしていいのかなと少しドキドキしてしまいました。でも結果的に、あれが功を奏しました。

くるま 極端な話、寄席とかだと客席に下りたりすることもありますからね。それは笑いを取りに行く手段ではあるんですけど、上方漫才の伝統として正統ではないという考え方がある。M-1も上方漫才の伝統に近いところでやってきた。ただ、それはこちら側のエゴのような気もするんですよ。カッコいいですけど、盛り上がらなかったら意味がない。そのせいでM-1のトップバッターはずっと犠牲になってきたとも言えます。昔なんて、最初の3組ぐらいはぜんぜん笑いが起きないこともあったじゃないですか。

――序盤、審査員が意図的にピリピリ感を出す場合もありますもんね。

くるま 4組目くらいから盛り上がると、3本ネタをやったから温まったんだと言う人もいるんですけど、それは完全に誤認なんです。ネタの合間にMCの今田(耕司)さんが審査員や出場者とからみながら客席に話しかけたりしているから温まっているのであって。ツカミのないネタを何本やっても客席は温まらないんです。

ケムリ 前説(まえせつ)のタイミングとかも考えた方がいいと思うんですよね。

くるま わかる、わかる。前説で温め終わってから、トップバッターがネタをするまで1時間近く空いちゃうから。オープニング映像とか、審査員の紹介とかで。

あのツカミは“決勝限定”だった

――今大会の場合だと18時30分に番組が始まって、トップのお2人がネタに入ったのは19時18分ぐらいでした。

ケムリ 前説の意味がなくなっちゃう。M-1がどんどんカッコよくなってきて、「さあ、始まりますよ!」という演出が派手になってきている。長いCMの最中にも、スタジオでは何かやった方がいいと思うんですよね。

くるま (7番手の)真空ジェシカさんと(8番手の)ダンビラムーチョさんの間に長めのCMが入ったんですけど、あのときも何か挟めないのかなって思った記憶があります。このままだとやばいな、という空気だったんで。盛り上がっていないとき、M-1側は見守るしかしないじゃないですか。いや、違うでしょうと思っちゃいましたね。

――でも、つくっている側には「M-1はテレビ番組ではなくて、漫才コンテストの中継なんだ」という意識があるそうです。いい番組ではなく、いい大会にしよう、と。だから極力、自然な形を崩さないようにしているんじゃないですか。

くるま でも演出はしていますよね。オープニングを長くして、CGの使い方も年々、派手になってきた。確かに最初の頃は、素材のまま出していてもおいしかったのかもしれない。でも、時代も番組も変わってきてるわけですから。新鮮ならいいというのではなくて、新鮮な状態でさらに酢で締めた方がおいしいのなら、そうやって出すのがプロの料理人じゃないですか。何らかの手立ては必要だと思うんですよ。それがないから、今回、僕たちは自分でやったというだけで。

ケムリ 客いじりも要はそういうことですよね。

――M-1予選のときも、あんなに長くツカミ(ヒゲともみあげのくだり)をやっていましたか?

くるま 予選はやってないです。決勝よりも時間がシビアなので。準々決勝以降、ネタ時間は4分なんですけど、4分30秒以内なら許容範囲とされています。決勝の時間コントロールは演者に任されているんですけど、予選の場合は4分15秒で警告音が鳴って、4分30秒で強制終了(爆発音とともに暗転)になってしまう。なので警告音が鳴ると、お客さんがドキドキして笑えなくなっちゃうんですよ。だから、4分10秒ぐらいにおさまるようにしているんです。決勝はそれがないので、4分30秒ぐらいまでならいける。だから、あれだけ長いツカミができるんです。

<続く>

(写真=末永裕樹)

文=中村計

photograph by Yuki Suenaga