まるでプロ野球選手の荷物のようだった。

 この春の選抜大会でベスト8入りを果たした青森山田の3番・対馬陸翔と、5番・吉川勇大は木製バットを使ったことで話題を呼んだ。

 2人は球場入りする際、グラブや着替え等の入ったチームおそろいのバッグともう1つ、丸太ん棒のようなバットケースを携えていた。聞けば、そこにはいつも10本もの木製バットが入っているのだという。

木製バット使用の感想「すごくいい」

 3試合で12打数5安打、4割を超えるアベレージを残した吉川は言う。

「木製バットは練習で使っているとどんどん傷んでしまうので、練習用と試合用を使いわけています。あと、試合でバットが折れてしまうこともあるので」

 吉川同様、やはり3試合で5安打と気を吐いた対馬は木製バットのメリットをこう話す。

「無理に引っ張ると折れてしまうので、内からバットを出して、コースに逆らわないバッティングフォームが身についた。自分のフォームを見直すのに木製バットはすごくいいと思います」

 この春から導入された新基準バットは以前のものほど飛距離が出ず、さらには900グラム以上という重さの制限がある。一方、木製バットに重さの縛りはない。だったら確かに軽めの木製バットの方が有利のような気もした。

12本の木製を自腹購入「20万近く出費」

 しかし最大のネックは、やはりコストだ。吉川は選抜大会に向けて12本の木製バットを自腹で購入したという。1本あたり1万5000円程度だというので、それだけで20万円近くにもなる。対馬もほぼ同じような出費を強いられている。

 青森山田の部長、脇野浩平は心苦しそうに語る。

「練習用にチームで何本かは木製バットを買ったんですけど、やっぱり折るんですよね。個人で使うとなると、そこは自己負担にならざるをえない。そもそも高校野球に金属バットが導入された理由の1つは、そのコスト面を考慮してのことだったはずなので。つまり金属の方が耐久性がある、と」

 高校野球で初めて金属バットが導入されたのは1974年夏のことである。当時の金属バットは「折れない」という以上のものではなかった。ところが各メーカーの技術競争が年々激化し、金属バットは「魔法のバット」と呼ばれるような超高性能ギアに変貌した。その流れに歯止めをかけるべく、今回の基準変更も含めて高野連は度々、バットの規格を見直してきたのだ。

 金属バット元年、銚子商業の篠塚利夫(元巨人)が木製バットを使用し2本塁打したことは今も語り草になっている。ただし、当時は金属と木製の性能にほとんど差はなかった。むしろ慣れ親しんでいた木製の方が使いやすいと感じていた選手は篠塚だけではあるまい。したがって吉川や対馬が木製バットを使った背景と比較するのは無理がある。

バットが2本折れた=「3万円が飛んでしまう」

 野球用品専門店「ベースマン立川店」の店長、星徹弥さんは今回の基準変更で高校球界に木製バットブームがくるのではという見方には否定的だ。

「おそらく青森山田の2人が使っているのは2万円ぐらいのバットだと思います。多少、値引きしてもらったんでしょうね。本当にいい木製バットだと2万5000円ぐらいしますが、2万円クラスのバットであれば、かなり良質のバットだと言っていい。ただ、最高級品のバットでも折れないわけではありません。吉川君は2回戦の広陵戦で2本、バットを折られてしまいました。それで3万が飛んでしまうわけです。新基準の金属バットが1本、買えてしまうくらいの値段です。もっと安い木製バットもありますが、安いものほど木目がスカスカなんですよ。高校生の技術だと、ばんばん折れると思います。そうなると折れたバットが投手に直撃したりして逆に危ない。木製バットは梅雨時期などの管理も大変ですしね。湿気を含んで重くなりますから。青森山田の2人の試みはナイストライだと思いますけど、今後、同じような選手がどんどん出てくるかというと、それは難しいでしょうね」

 選抜出場校の多くが一時は木製バットの使用を検討したようだ。その雰囲気からして、もっとたくさん木製バットを使用する選手が現れるのかと少し楽しみにしていた。しかし、蓋を開けてみたら、木製バットを使用したのは青森山田の2選手にとどまった。その人数が現段階における高校球界の1つの結論なのだ。

文=中村計

photograph by Kiichi Matsumoto