2024年春のセンバツ、高校野球の質が変わったのは「新基準」となった金属バットによって本塁打数が激減したためだった。“飛ばないバット”とも表現される高校野球の新基準バット。今回の決断に至るまでの経緯と歴史的背景を、日本高野連の担当者が明かす。(全3回の第3回/第1回、第2回も公開中)

横浜高校の渡辺元監督らにも意見を聞いた

 今回の金属バット規格変更の契機となったのは、2018年の「球数制限」問題だった。

 夏の甲子園で金足農高の吉田輝星(現オリックス)が、秋田県大会の初戦から甲子園の決勝戦の途中まで一人で投げ抜き、甲子園だけでも881球を投げたことから「高校球児の肩ひじを守るためにも、投球数を制限すべき」との意見が起こった。日本高野連は翌2019年、「投手の障害予防に関する有識者会議」を設置した。

 今回の金属バット改定を担当した日本高野連の古谷純一事務局次長はこう語る。

「有識者会議の席上で、渡辺元智さん(横浜高校元監督)、百崎敏克さん(佐賀北高校元監督)など、監督出身の方から投手の肩ひじの負担を考える意味では、球数制限だけではなくて、今の金属バットが飛びすぎることも考えないと、という意見が出ました。これがきっかけとなって、金属バットの規格の変更にも着手することになりました」

 議論に拍車がかかったのは2019年夏の甲子園での“ある事故”だった。岡山学芸館高校の投手が顔面に打球を受けて救急搬送され、「左顔面骨骨折」の大けがを負ったのだ。古谷次長はこうも話している。

「確かにバットの規格の変更は、費用面で非常に負担をおかけするのですが、長期的に見れば、安全面を考えても必要です。都道府県高野連の方々からも反対意見はありませんでした。今回の変更に関しても、私は故・尾藤公さんが言われた『1、2回戦で負けることになる大部分の高校野球選手』のことを考えて仕事を進めようと思いました」

大ケガしなければいいが、といつも思っています

 高校野球を巡る情勢は大きく変化している。

 小学生からの「野球離れ」が高校にも波及し、硬式野球部員数は2014年には1〜3学年合わせて17万312人だったが、2023年には12万8357人と25%近くも減少した。

 日本高野連は、2012年夏の選手権地方大会から、部員8人以下の高校による「連合チーム」の公式戦出場を認めたものの、連合チームの数は急増している。

 連合チームでは、練習時間の確保もままならない。メンバー全員が揃う練習は、週に1度できればよい方だ。私学と比べても体格からして違っている。多くの都道府県では、シード制を敷いて強豪校を別枠扱いにしているが、それでもこうした連合チームがシードを外れた私学有力校と当たることは珍しくない。

「試合前のノックを見れば、実力差はわかります。ボールを捕るのが精いっぱい、みたいな野手の前に、すごいスピードの猛ゴロが飛んだりするんです。大ケガしなければいいが、といつも思っています」

 選手権地方大会の審判員は語る。

 コロナ禍によって2020年の高校野球は中断したが、有力校は室内練習場などで練習をしていた。一方で多くの一般的な高校生は練習の機会さえ奪われていた。「格差」はさらに広がったとみるべきだろう。

 まさに古谷次長の言う「1、2回戦で負ける高校球児」が野球をする環境が、危機に瀕しているのだ。

新たな金属バットでデータ的にどんな変化が?

 今回の金属バットの新基準は以下の通りになった。

 【最大径】64mm未満とする 前回より3mm細い

 【打球部肉厚】約4mm(従来は約3mm)

 導入の目的は(1)投手の負担軽減によるケガ防止、(2)打球による負傷事故の防止(特に投手)の2点だ。

 よく飛ぶバットでは、打者優位が過度に進み、投手の球数が嵩む。球数制限を推進するとともに、投打バランスを適正に保つためにも、金属バットの改定が必要となった。さらに打球速度が上がることで、投手や野手が怪我をするリスクが高まる。これを防止する観点である。

 金属バットの安全、品質に関しては、前回の規格変更と同様、製品安全協会と全日本バット工業会が協力した。では、新しい金属バットになって、データ的にはどんな変化があったのか。

 日本高野連、金属バット工業会は、従来基準バット(製造記号N)と、新基準バット(製造記号R)の打球初速を比較した。

 1997年夏の甲子園、徳島商対新湊戦で、投手の受傷事故が発生したが、当時の映像を分析したところ、打点から投手までの距離は15.84mだった。この距離をもとに従来基準の金属バット(N)と新基準のバット(R)を比較すると打球初速は約3.6%減少した。また、反発性能は、新基準バット(R)の場合5〜9%減少した。

 この前提を把握したうえで――古谷次長に、新基準の金属バットの懸念点について尋ねた。

メーカーの動きには今後とも注視したい

――以前の基準のバットは、メーカーが基準を守りつつも「よく飛ぶバット」を開発したが、今回のバットにその懸念はないのでしょうか?

「ないことはないと思います。ただ、新基準バット(R)に関しては、メーカーの開発の自由度は、従来のバット(N)よりも狭まっていると思います。

 以前のバットは、肉厚を薄くすることで(バットがへこんで反発する作用を活かした)トランポリン効果を生んでいましたが、新基準では『約4mm』という厚みの基準が設けられています。この部分では難しいでしょう。

 ただし重心がトップとかちょっと手前とか、選手にとって振りやすいバットを開発することは可能です。でもそれによって、極端に飛ぶバットができるとは考えにくいと思います。

 それでも、メーカーの動きには今後とも注視したいと思います。金属バットのメーカーは国内に14社ありますが、あくまで木製バットの代用品である、という考え方は、メーカーの方々も理解していると思います」

新基準バットが高価なのは申し訳なく思いますが

――50年前の金属バットと同様、今回も日本高野連は加盟校に金属バットを配布しました。今回は2本(のち追加で1本)ずつでした。しかし、この本数ではとても足りないです。新たな金属バットは1本3万5000円前後と高価ですが、価格をもう少し抑えることはできないのでしょうか?

「BBCORのようなアメリカのバットの規格を採用しなかったのは、費用と手間がかかることが大きかった。1974年の金属バットの導入も『経済的負担』の軽減が最大の目的でした。

 その点、新基準のバットが高価になるのは、申し訳なく思いますが、打球速度を下げるだけでなく、事故の防止や、耐久性を考えて何回も何回も試験を繰り返した。その結果SGマークで品質、安全性を保証した金属バットができたわけで、この価格になるのはやむを得ないと思います。仮にSGマークのついていない廉価版のバットができたとしても、それを承認することはあり得ないと思います」

 昨秋から、各校に新基準の金属バットが届いた。筆者は公立校を中心に話を聞いて回ったが、「飛ばない」「芯を食わないと野手の頭を抜けない」との声が多かった。またバットが細くなった分「ミートの精度を上げる」重要性を口にする指導者が多かった。投手は思い切ってストライクゾーンに投げられる、また野手は思い切って打球を処理に行くことができる、との声も上がった。

国際大会では木製バットを使うことになるだけに

 一方で、今センバツの青森山田高校のように――木製バットを併用する学校も増えた。

 日本の高校生は、国際大会ではあまり活躍できなかった。その最大の要因が「バットの違いだ」とも言われた。

 金属バットを使い慣れた中で、木製バットに持ち替えると十分に実力を発揮できないことが多かったのだ。昨年のWBSC U18ワールドカップでは、日本が優勝したが、31回を数える大会の歴史でこれが初優勝だった。しかし今後は、国際大会でのさらなる活躍も期待できるだろう。

 筆者は昨今のプロアマの「最先端の練習環境」の取材を続けている。大谷翔平など世界のトップ選手は米シアトルの「ドライブラインベースボール」などのジムで、バイオメカニクス(生体力学)に基づいて自らを分析し、新球種開発、肉体改造をしている。

 高校野球にも、こうしたトレンドは確実にやってきているし、新しい技術論を導入する指導者もいる。弾道測定分析機器「ラプソード」など最先端機器を導入する高校も増えた。

 一方で、競技人口は減り続け「野球をするのが精いっぱい」という高校生もいる。高校野球の世界でも「格差の拡大」は深刻だ。古谷次長の言うように「1、2回戦で負ける選手にも野球の楽しさを与える」重要性は今後さらに高まるはずだ。

打球音のわりにボールが飛ばない印象が

 春の甲子園、筆者は初日の試合を観戦したが、打球音のわりにボールが飛ばないと感じた。

 2試合目の田辺は21世紀枠であり、対戦相手は甲子園常連校の星稜。大差がつくかと思えたが、終盤まで接戦だった。飛ばないバットは特に打撃面での戦力格差を縮めるのかもしれない。

 以下、2020年以降の春夏甲子園の本塁打数。カッコ内は1試合当たりの本塁打数。(日本高野連提供のデータによる)

20年 春(中止) 夏(中止)
21年 春31試9本(0.29)/夏46試36本(0.78)
22年 春30試18本(0.60)/夏48試28本(0.58)
23年 春35試12本(0.34)/夏48試23本(0.48)
24年 春31試3本(0.10)

センバツの結果を高野連側はどう捉えている?

 今春の甲子園の本塁打は3本、うち1本はランニング本塁打だった。古谷次長は以下のように語る。

「本塁打数は打者の打撃力のみでの評価は出来ませんが、今年の本塁打数3本という数字は1974年に高校野球で金属製バット導入後、選抜大会では最も少ない本数となりました。新基準バットに打者が慣れるまではもう少し時間を要するかもしれません。

 昨年と比較しても、外野の守備位置が明らかに前になっており、盗塁や犠打が増えているように見受けられました。

 まだ選抜大会を終えたばかりですので、今選抜大会のみで新基準バットの効果を評価することは出来ないと考えています。当連盟は元監督出身で構成する技術・振興委員会がありますので、同委員会を中心に今年の全国高等学校野球選手権大会や都道府県大会などを注視していきます」

飛ばないバットでも長打を打つ選手が出てくれば

 高校野球はスモールボール化するという見方があるが、筆者は一概に言えないと思う。「フライボール革命」の理論で、飛ばないバットでも長打を打つ選手も出てくるだろうし、機動力を生かすチームも出てくるだろう。そうした変化が「高校野球の多様性」につながればよいと思う。

<第1回、第2回からつづく>

文=広尾晃

photograph by Hideki Sugiyama