そもそも試合前に満腹となるまで食べるか? と聞くと…
2023年夏、SNS上で『米騒動』のフレーズが席巻した。
その頃、調子を落としていた細川成也が、試合前にお腹いっぱい、ご飯を食べているように見えたという。立浪は、その“復調策”の一つとして「ご飯を減らせ」と提案したところ、そこから細川の成績が再び上がってきた。
そうした流れの中で、選手サロンから白ご飯のジャーが撤去されたのだ。
中日では、白飯が食えない──。
これを一部メディアが「米騒動」の見出しで報じたのが、一連の騒ぎの発端だった。
しかしそもそも、試合前に満腹になるまで食べるだろうか?
「そうですよ、当然ですよ。緊張感がなさ過ぎるんですよ」
立浪の舌鋒が、鋭くなった。
自分は悪いことも間違ったことも言ってない
「試合前から、試合に入るルーティンで緊張していれば、もちろんお腹がすく時だってありますよ。でも人間って、食べて胃の消化をすることに集中したら、絶対に眠くなるじゃないですか。そんなの、当たり前のことですよ。別にそんなことで、自分は悪いことも間違ったことも言ってない。ちゃんと現に、おにぎりくらいは置いていますから、全く食べるなとか、そういうことも言ってないんでね。最近、報道の自由っていうのはあるかもしれませんけど、行き過ぎですよね。批判が成長を妨げますよね。だから、あんまり度を越したら、こっちも何もしゃべらんよ、という話になりますよ。もう何をしゃべっても、しゃべった部分の一コマ、悪い言葉を切り取って出すんで、疲れますよね」
メディアの一員として、野球記者の端くれとして、耳が痛かった。
4、5年前まではなかったことですよね
最近では、試合後にあまり間を置かず、消耗したエネルギーを補充するのがコンディションを整えるためにも重要だということで、ユニホームから着替え終わった選手たちが、栄養バランスが計算された定食などを食べているシーンを、よく見かけるようになった。
中日も、試合後にはそうしたメニューが準備されているのだ。なのに「試合前に食べるな」という事実の一端だけをつまんで、関心を引きそうな短いフレーズで騒ぎ立て、それが瞬時に伝わり、しかも増幅されていく。
SNS時代の、実によくない風潮だ。
「4、5年前まではなかったことですよね。頻繁に、ああやって野球界のニュースが流れるなんてね。あんなに出なかったでしょ?」
この球団のダメなところで、そこは問題
その変化に、私も戸惑っているのが、正直な思いでもある。取材の中身より、原稿の良し悪しより、いかに早く、そしていかに世間の関心を集めるかの方に焦点が移ってしまった。
だから『米騒動』とは、まさしくSNS時代にはうってつけの、キャッチーなフレーズだったことも、また間違いのないところではある。
「なんでそれが、球団内部からああやって漏れる、っていうことですよ。それがこの球団のダメなところですよ。そこは問題ですよ」
その緩んだ空気を引き締めるために、立浪は“睨み”を利かせようとしている。
「ちゃんとせい」と言う先輩が今、いない
中田獲得は、チーム内の厳しさを取り戻すために立浪が断行した一手でもある。
「今みんな、人のいい、優しい子ばっかりなんですよ。でも、選手が選手に対してピリッとする先輩とか、時には僕らが叱るより、選手が叱ってくれた方が効き目はあるんですね。『そういうこと、ちゃんとせい』とか言ってくれる先輩が今、いないんです。自分たちが現役の時、落合さんで強かった時は、もちろんレギュラー陣が揃っていたというのもあるし、谷繁(元信)であったり、自分であったり、少なくとも選手は、ロッカーでも緊張感を持っていたと思うんです。アカンことに対しては、荒木(雅博)や井端(弘和)にも、『ダメなことはダメやぞ』って、はっきり僕は言いましたんでね。そういう風になってこないと、チームって絶対強くならないんで」
だからこその「中田翔」
だからこその「中田翔」なのだ。
3度の打点王という、勝負強さを物語る実績も裏づけとなり、その風貌や存在感を見ても、どんと肝が据わっている雰囲気が漂っている。
「若い選手も、一目置くわけでしょ。そこが必要なんですよ」
周囲が引き締まるような、その“胆力”が欲しいのだ。
立浪の、そして「監督」という重責の苦労が、ひしひしと伝わってきた。
「そりゃ、これだけ負けると面白いわけはないし、苦しいことの方が多いです。ただ、後に『ああやってよかったな』と言われるように、しっかりとやっていかないと、ドラゴンズを変えていかないといけないと思っているんで、そこだけは信念を持って、何を言われようがやっていく。その場しのぎ、って言われるかもしれないですけど、補強も含めて若手選手が育っていくためのことでもあります。勝つ味を覚えないといけないんです。ずっと負けているから、それが当たり前みたいになってるんでね」
<「予言」編とあわせてお読みください>
文=喜瀬雅則
photograph by JIJI PRESS