井深さんは最も優れたエンジニア指導者

私が見て思うに、井深さんは、エンジニアにどれぐらいの能力があるかをちゃんと見極めて、ある程度自由に思いきりやらせたり、やれる範囲でおまえはこうやれと指示したりと、人によって合わせることができた人でした。

一人ひとりの能力をどうやって伸ばしていくかということを、一番考えてくれたのではないかと思います。さらに、それぞれの社員に厳しい目標を与え、その実行に当たっては、「自分で考え、自分で調べ、自分でやってみろ」というのが、井深流の基本的方針だったのです。

また、教わるだけでなく、井深さんと対等に何度もディスカッションすることによって、その中から自分のやるべきことを自分で発見していく。決して命令や教えられたといった方法ではなかったと私は認識しています。

世の中では、井深さんを極めて優れた経営者とか、あるいは革新的な経営者としてたたえられることが多いですが、私は、井深さんほど技術者の指導者として優れた人はいないのではないかと思っています。

ソニーが小さい会社だった頃、井深さんは、毎日のように一人ひとりの技術者のデスクまでやって来て話をして、それぞれに目標を与えてくれたものでした。

それが実に巧妙で、1を聞けば10が分かるような優れた技術者には、「こんなものが作りたいね」としか言わない。あまりクリエイティブではない技術者には、10のうち8くらいを井深さんが言って、残りの2は技術者自身が頑張れる余地を残してくれる。

技術者それぞれのレベルに応じた目標を与えてくれるので、皆自分なりに努力をすることができるのです。そして、プロジェクトが成功を収めた時は、自分なりに開発に参加でき、成功を収めた喜びを感じることができる。その喜びがさらに次へのチャレンジや探求心につながる。


チャレンジマインドを刺激する人材育成

こうして井深さんの下で働いた技術者は、どんどん触発されて優れた能力を持つようになり、成長していったと私は見ています。

ただ単に教えるというのは簡単だし、問題を素早く解決することはできます。また、指導者のレベルまでには容易に到達できます。

しかし、それ以上には行かないのです。当時のソニーは、多少時間がかかっても、自分が苦労し考え、まずやってみることによって、技術者の持つそれぞれの特長を最大限に伸ばすことができました。それが、育成であり、最良だと考えていたのです。

結果として、誰もやったことのないチャレンジにつながり、そして、成功に至る一番早い方法だったのかもしれません。井深さんは、技術者一人ひとりの能力を熟知し、一人ひとりの成果を本当に喜んでくれました。

ソニーの技術者は、給料が上がることよりも、自分の能力が上がり、自分の仕事が成功して認められることに、より大きな喜びを感じます。私もそうでした。

だから井深さんの下で働いた技術者は、皆ことごとく一緒に働けたことに誇りを感じました。そして、誰もが井深さんに感謝しました。

ただ、今みたいに、政府が、働く時間を決めたりする時代では、同じことはできません。人間ですから、誰しも調子がいい時、悪い時があります。悪い時に会社にいても何にもできません。

そういう時は、家にいて休んだほうがいいです。その代わり、調子が良かったら、今みたいに残業時間がどうこうなんて言わないで、やれるだけやればいいんです。そのほうが人間的な働き方だと思います。何時にスイッチを入れて何時に切る、という今の働き方は機械と一緒です。