株式や投資信託で資産運用をするのなら、運用益が非課税になるNISA(少額投資非課税制度)を使わない手はない。今年1月に始まった「新NISA」では非課税枠が大幅に拡充されるなどの改訂が行なわれ、さらに高い関心を集めている。

「つみたて王子」の愛称で知られる長期投資のプロ・中野晴啓氏は、「新NISAを賢く使えば、50歳からでも十分な老後資金を作ることが可能だ」と言う。

※本稿は、『THE21』2024年4月号特集「普通のサラリーマンが定年までに『お金の自由』を手に入れる方法」より、内容を一部抜粋・編集したものです。

※本稿は2024年3月時点の情報に基づき、投資に対する著者の考え方を示したものであり、個別の金融商品を推奨するものではありません。金融商品の価値は状況によって変動しますので、購入の可否を含む投資の判断はご自身の責任で行なうようお願いいたします。


50歳から始めても全然遅くない!

これまで投資をしたことがない方でも、「新NISA」という言葉をよく耳にするようになったのではないでしょうか。昨年までのNISAは、制度自体にも非課税期間にも期限がありましたが、新NISAではともに無期限化されました。

また、非課税保有限度額も大幅に拡充されました。長期にわたって資産運用をし、大きな金額の老後資金を作るのに適した制度になったのです。

けれども、これを機に投資を始める方もいる一方で、「50歳にもなったら、投資で老後資金づくりを始めるのは、もう遅いのではないか」とためらっている方もいるかもしれません。

しかし、50歳からの投資はまったく遅くありません。例えば、毎月5万円ずつの積立投資を20年間続けるとしましょう。年5%の利回りで運用できたと仮定すると、20年目には、元本1200万円と運用収益855.2万円の、なんと合計2055.2万円もの資産が形成できる計算になるのです。

新NISAを使えば、元本の1200万円は非課税保有限度額内に収まるので、運用収益に税金がかかりません(新NISAを使わないと、20.315%の税金がかかります)。

人生100年時代と言われるいま、定年後も働きながら70歳まで積立投資を続けることで、2000万円以上の老後資金を用意するというのは、現実的な選択だと思います。

最悪なのは、時間がないと焦って、短期で大きなリターンを得ようと、ハイリスクな金融商品に手を出してしまうことです。それで失敗して、コツコツ貯めてきた大事な預金を失ってしまっては、取り返しがつきません。


資産所得を得ないと、窮乏化のリスクが

「投資はリスクがあるから怖い......」。そう思って二の足を踏んでいる方も少なくないでしょう。確かに、投資にはリスクが伴います。しかし、実は投資をしないこともリスクになります。「リスクを取らないリスク」という言葉がよく聞かれるようになりましたが、まさにその通りなのです。

「リスクを取らないリスク」の一つ目は、窮乏化のリスクです。資産運用をして得る収益は、資産所得と呼ばれます。読者の皆さんの多くは、所得を給与だけで得ているかもしれませんが、資産所得も給与所得も、所得ということに違いはありません。

岸田政権が打ち出した「資産所得倍増プラン」は、この資産所得をより多くの国民が得るようにすることで、国民の所得を増やそうという政策です。

新NISAは、その一環として作られたもの。従来のNISAをより使いやすく変えて、より広く国民に普及させようというのが、新NISAの意図です。

私は、新NISAによって資産運用をする人が増えることで、日本全体で生じる資産所得は年間数兆〜10兆円ほどになると見ています。それを、投資をしている人だけで分配するわけです。投資をしていないと、分配を得ることができません。

20年間、毎月5万円の預金をしても、20年間で1200万円にしかなりません。銀行預金には利子がつきますが、微々たるものです。一方で、同じ金額を、同じ期間、年5%の利回りで運用できれば、上図のように、2000万円以上になります。

投資を始めて資産所得を得るか、投資をせず資産所得を得ないかの差は、数年では実感できないと思います。しかし、20年も経てば、大きな格差が生じるでしょう。 投資という行動を取らないことが窮乏化のリスクになるということを、理解していただけるかと思います。


株式や投資信託を持てばインフレにも負けない

「リスクを取らないリスク」は、もう一つあります。

一昨年からインフレが続き、家計が圧迫されていると感じている方も多いと思います。物価が高くなっていく一方で、預金の金利は非常に低いまま。銀行に預けているだけではほとんど増えないばかりでなく、実質的に資産が減ってしまっています。

日銀がマイナス金利政策を解除するという観測もありますが、金利を大きく上げるのは難しいでしょう。となると、私たちが銀行に預けている預金の金利がインフレ率を上回るほど上がることは期待できません。

このようなとき、資産を実質的に目減りさせず、購買力を維持するための最適な対応策は、インフレとともに価格が上がる資産を持つことです。その一つが、株式や投資信託なのです。

逆に言えば、株式や投資信託を持たないことは、インフレによって資産が目減りし、購買力が下がってしまうリスクを取ることになるのです。個人の資産運用には 投資信託が最適では、どんな株式や投資信託を持てばいいのでしょうか。

資産運用というと、「どの会社の株式(個別株)を買おうか」と考える人が多いかもしれませんが、東京証券取引所に上場している企業だけで数千社もあります。それらすべての情報を分析して、株価が上がりそうな企業を選び出すのは至難の業です。そもそも、そんな労力をかけられる方は、ほぼいないでしょう。

また、1社や2社だと当てが外れて値下がりする可能性もあります。そこで、いくつもの企業の株式を買うことで、価格変動リスクを抑えることができます。これが分散投資です。

しかし、個別株で分散投資をしようとすると、多額の資金が必要になります。ところが、わずか数千〜1万円程度という少額から、投資のプロであるファンドマネジャーが選んだ数十〜100社程度の株式などに分散投資することができる金融商品があります。それが、投資信託です。

金融資産には様々なものがありますが、個人の資産運用に最適なのは投資信託だと言えます。


長期的・安定的な世界経済の成長を捉えよう

もちろん、投資信託であれば何でもいいというわけではありません。銘柄選びを失敗すると、資産を減らすことになってしまいます。

投資で資産を増やすというと、値段が安いときに買い、高くなったら売るという短期売買を繰り返すことをイメージする方がいるかもしれません。

しかし、これを成功させるのは非常に難しいですし、そもそも、読者の皆さんが目指しているのは、老後に向けた長期的な資産形成でしょう。ですから、短期的な値動きを気にするのではなく、長期的に基準価額(投資信託の一口の値段)が上がると考えられる銘柄を選ぶべきです。

そこでお勧めなのが、国際分散投資をする投資信託です。日本では人口減少が社会問題になっていますが、世界全体では人口は増え続けており、世界経済は長期的に安定して成長すると考えられます。その成長の恩恵を受けられるように、世界全体に分散投資をしている投資信託を選ぶのです。

現在、新NISAのつみたて投資枠で買える投資信託は約270本ありますが、旧NISA制度のつみたてNISAと同じ基準でスクリーニングされている関係で、ほとんどがインデックスファンド(市場全体の動きを表す代表的な指数・インデックスに連動した投資成果を目指す投資信託)です。

私は、これは改善すべきだと考えていますが、その中で、国際分散投資をするインデックスファンドが人気を集めているのは合理的なことだと思います。


日本経済を成長させる楽しみも味わおう

ただ、国際分散投資をするということは、日本人の資産を海外に投資するということですから、ある面では国富の逸失だとも言えます。

日本の産業界に投資をし、投資を受けた日本企業が競争力の高い製品やサービスを生み出して利益を出し、そのリターンを投資家が受け取る。そんな好循環を生み出して、日本経済をいま一度大きく成長させる。資産運用によって、その一助になるというのも、意義あることではないでしょうか。

新NISAの成長投資枠では、多種多様な約2000本の投資信託から選んで買うことができます。その中には、運用会社のファンドマネジャーが厳選した優良な日本企業に投資する投資信託もあります。

自分が共感できる考え方で運用されている投資信託を見つけて、積立投資をするのも、一つの楽しみになるのではないでしょうか。

なお、名前のせいで誤解している方もいるのですが、成長投資枠でも積立投資はできます。むしろ、一括投資よりも積立投資での利用がお勧めです。


こんな投資信託は買ってはいけない

逆に、買ってはいけない投資信託もあります。例を挙げましょう。AIやSDGs、メタバースのように特定のテーマに集中投資した投資信託は、買うべきではありません。株式市場において、テーマというものは長続きしないからです。

過去を振り返れば、1990年代の後半から2000年にかけて、「IT関連投資信託」が数多く登場しました。そして、ITバブル崩壊とともに大暴落しました。IT自体はその後も進化を続け、私たちの生活に浸透して、生活を豊かにし続けていますが、IT関連企業の株価は暴落したのです。

また、高額分配を売りにしている投資信託も、資産形成に向いていません。分配金を支払うよりも、そのお金を運用し続けるほうが、資産形成の効率がいいからです。

例えば、100万円を年5%の利回りで運用できると、1年後には105万円になります。ここで、5万円を分配金にすると、2年目も100万円からのスタートです。同じく5%の利回りなら、2年目の終わりにはまた105万円になります。1年目の分配金と合計すると100万円です。

しかし、分配金を出さず、2年目は105万円からスタートして、年5%の利回りなら、2年目の終わりには110万2500円になります。分配金を出す場合よりも2500円多くなるわけです。

信託報酬(投資信託を管理・運用してもらうための経費)が高い投資信託も避けるべきです。信託報酬が高いからといって、リターンが大きいわけではありません。 とはいえ、信託報酬は安ければいいというものでもありません。投資信託の運用にはコストがかかるからです。

運用している会社やファンドマネジャーの考え方などに共感できれば、そのコストをまかなうために、ある程度の信託報酬はかかるものと心得ておきましょう。

それにしても、合理的とは思えないほど信託報酬が高いものは、選ばないようにしましょう。


日々の値動きを気にせず、20年後の資産形成を

ここまで、積立投資をしようという話をしてきましたが、「余裕があるなら、一括で投資をしてもいいのではないか」と思われる方もいるかもしれません。

大きな金額を一括で投資してはいけない大きな理由は、マーケットの動きが気になって仕方がなくなるからです。

マーケットは動くものです。極論を言えば、明日、持っている投資信託の基準価額が上がっているか下がっているかは2分の1の確率です。毎月積立投資をしていると、こうしたマーケットの動きに慣れてきて、精神的耐性が身につきます。

精神的耐性が身についていないうちは、基準価額が下がると手放したくなるでしょうが、ここはグッと我慢。売ると損が確定しますが、保有し続ければ、含み損は出ても、その損が現実となることはありません。

慣れてくると、積み立てている投資信託の基準価額が上がれば「資産が増えて嬉しい」と思うのはもちろん、下がったときも「資産が減った」ではなく「安く買えて嬉しい」と思えるようになります。

これを繰り返していると、平均の買付単価がいくらかも気にならなくなって、利益確定のために売却したいという気持ちも起こらなくなり、結果的に、長期投資が実現しやすくなります。

また、毎月定額で積立投資をすることを「ドルコスト平均法」といいます。この投資法は「基準価額が安いときは口数を多く、高いときは少なく買う」ことになるため、平均の買付単価を下げる効果があります。

50歳からの投資の目的は、20年後の資産を形成することです。目先の値動きが気になったときも、常にそこに立ち戻ってください。そして、新NISAを最大限に活用していきましょう。