「なかなか寝つけない」「ぐっすり眠れない」といった睡眠の悩みは、多くの現代人が抱えています。良質な睡眠をとるにはどんなポイントに気を付ければ良いのでしょうか。医学博士の櫻井武さんが、睡眠にまつわる正しい知識を教えます。

【櫻井武(さくらい・たけし)】
筑波大学国際統合睡眠医科学研究機構副機構長。1964年、東京都生まれ。筑波大学医学専門学群卒業。医師、医学博士。’98 年、覚醒を制御する物質オレキシンを発見。著書に『睡眠の科学・改訂新版』(ブルーバックス)などがある。

※本稿は、月刊誌『PHP』2023年6月号掲載記事を抜粋・編集したものです。


「睡眠神話」に振り回されていませんか?

睡眠の悩みを抱える人は、巷にあふれる睡眠神話にふりまわされがち。まずは、その呪縛から解放されましょう。

【睡眠神話1】睡眠は90分周期

睡眠には「ノンレム睡眠」と「レム睡眠」があります。眠りにつくとまずノンレム睡眠があらわれ、しばらくするとレム睡眠に移行し、「ノンレム睡眠+レム睡眠」のサイクルを毎晩4〜5回繰り返します。

かつてはこの1サイクルが約90分と考えられていましたが、実際は、人によって、または日によって60分以内のこともあれば120分のこともあります。

【睡眠神話2】レム睡眠は体を休め、 ノンレム睡眠は脳を休める

レム睡眠のとき、脳は活発に活動していますが、全身の運動にかかわる神経系が完全に遮断されるため、骨格筋には力が入りません。

一方、ノンレム睡眠のとき、脳は活動を低下させて休息します。そのため脳が全身に命令を下すことが少なくなり、筋肉の活動も少なくなります。つまり、ノンレム睡眠時は脳も体も休息状態になります。

【睡眠神話3】午後10時〜深夜2時が睡眠のゴールデンタイム

「睡眠のゴールデンタイム」とは、子どもの体の成長や、成人の細胞の修復・再生をうながす成長ホルモンが活発に分泌される時間帯をさしているようです。でもこれは間違い。成長ホルモンは、時間帯に関係なく、最初の睡眠周期にみられる深いノンレム睡眠時に多く分泌されます。

【睡眠神話4】7時間睡眠が寿命を延ばす

確かに7時間睡眠がベストという報告は多くありますが、あくまでもこれらは調査対象者から集めたデータの平均値。中には4時間で長寿の人もいれば、7時間でも短命な人もいます。人によって適切な睡眠時間はいろいろ。7時間睡眠にこだわる必要はありません。

【睡眠神話5】羊を数えると眠れる

「眠れないときに羊を数える」という儀式があります。これはあまりおすすめできません。寝たい、寝たいと思いながら羊を数えていると、数字が増えるほど「50匹も数えたのにまだ眠れない」などと焦ってしまい、頭が冴えてきてかえって眠れなくなることがあります。


睡眠のしくみと役割

睡眠のしくみを正しく理解することが、悩み解決の第一歩です。 眠っているか目覚めているかは、脳内の「睡眠をつくる力」と「覚醒をつくる力」の力関係で決まります。それぞれの力の強弱を決めるのは体内時計と睡眠圧(眠気をおこす力)です。

体内時計は体内の時刻に合わせて、血圧や体温、ホルモンの分泌などの調整を行なっています。朝、覚醒をつくる力が大きくなると私たちは起きますが、覚醒後、16時間前後が経過すると、睡眠をつくる力のほうが強くなって眠くなります。

【体内時計】
体内時計は体内の時刻に合わせて、血圧や体温、ホルモンの分泌などの調整を行なっています。朝、覚醒をつくる力が大きくなると私たちは起きますが、覚醒後、16時間前後が経過すると、睡眠をつくる力のほうが強くなって眠くなります。

【睡眠圧】
睡眠圧が高まる要因としては、次の3つの仮説が有力です。

(1)記憶を整理するため
たくさんの情報を処理している脳にも限界があります。そこでオーバーヒートを起こす前に脳を睡眠状態にして、不要な情報を捨て、重要な記憶のみを残す作業をする必要があります。

(2)脳内の老廃物を放出するため
脳内では睡眠中にアルツハイマー型認知症の原因の一つであるアミロイドβなどの老廃物を体外に放出します。こうした老廃物を除去するために眠るのではないかと考えられます。

(3)脳内に睡眠物質が蓄積するため
細胞のエネルギー源が分解されてできるアデノシンなどの睡眠物質がたまってくると、眠くなることがわかっています。アデノシンは、充分な睡眠によって除去されます。