初任給引上げの動きが止まらない。来年4月入社者の獲得を狙い、20万円台後半にまで引き上げる事例がめだってきた。IT系ベンチャーや人手不足に苛まれる特定の業界に留まらず、広い範囲でアピール合戦が激化している。

 九州地方の地銀各社はこのほど、2025年度から大卒・総合職の初任給を26万円に引き上げる意向を明らかにした。昨年末にふくおかフィナンシャルグループ傘下の3行(福岡銀行、熊本銀行、十八親和銀行)の引上げが同時に発表されたのを皮切りに、今年に入ってから西日本シティ銀行、宮崎銀行、大分銀行、九州フィナンシャルグループ傘下の2行(鹿児島銀行と肥後銀行)、佐賀銀行と続いている。各行の23年実績からの引上げ幅は、4万〜5万円台にまで上っている。

 率にして20〜25%程度となる改善は、物価上昇分をはるかに超える。地方における人手不足が深刻化し、早急な改善も期待できない状況にあって、若年層を優遇した改善を進める意図も分からないではない。ただし、26万円という所定内賃金の水準は、中小企業にとって非管理職全体の平均とそう変わらない。

 たとえば中小企業を対象とする東京都の調査によれば、役付者を除いた正社員の平均賃金は、通勤手当を差し引いて約30万9000円(令和5年版「中小企業の賃金事情」)。東京と九州との地域間格差を度外視したとしても、26万円との差は約5万円しかない。仮に40歳(勤続18年)で平均賃金に到達する賃金カーブを描くとしたら、1年当たりの昇給額は3000円を割り込んでしまう。背伸びをして獲得した若手をそれでも定着させられるものなのか――初任給の大幅な改善に踏み切るには、そこまでのシミュレーションが必要になる。

 大企業や有力企業の一部がリードする初任給相場に、地場の中小企業はもう付き合えない。新卒一括採用を人材管理の柱に据える組織とは異なり、何が何でも無限定総合職を確保する必要もない。地方自治体が進める各種助成金や奨学金返還支援制度などを活用しつつ、地道な採用・定着・育成に取り組みたい。