細川章さん(多久市郷土資料館提供)

 多久市郷土資料館には、県重要文化財に指定されている多久家資料および後藤家資料をはじめ、約1万8000件にも及ぶ多久市合併前の町村役場資料、江戸時代後期の儒学者で佐賀藩校弘道館の教授も務めた草場佩川(はいせん)にまつわる草場家資料、炭鉱で使われていた道具などを集めた石炭産業資料、多久最後の漢学者といわれ多久村立図書館初代館長も務めた大塚巳一が蒐集した廟山文庫などがあります。

 これらの保存に尽力されたのが、多久市立図書館の司書であった細川章先生です。先生は大塚巳一の孫で、1924(大正13)年5月8日、東京・下北沢に生まれました。今年は生誕100年の記念の年です。

 先生は1945(昭和20)年8月9日、夫の生家があった長崎で原爆に遭い、以後7年間を病床で過ごしました。その後奇跡的に回復され、東京で司書の資格を得て55年12月に多久市立図書館で初めての司書となりました。

 そこで多久家資料をはじめとする資料群と出会い、保存と活用に尽力されましたが、当時その活動は図書館の職域を逸脱しているとされ、業務外で行わざるを得ませんでした。周囲の助けを得つつも、大病を経た小柄な体で、大変な困難に立ち向かいながら、先生は失われつつあった数多くの歴史資料を救われたのです。

 78(昭和53)年、先生の活動に協力された研究者や地域の人々とともに「多久古文書の村」が結成され、80年には「古文書学校」が創設されました。その活動は全国に知られるようになり、「多久古文書の村」は85年、サントリー地域文化賞を受賞しています。

 保存だけでなく、先生は古文書の読み解きにも力を注がれ、古文書学校に集まった皆さんと共に「御屋形日記」「肥陽旧章録」などの翻刻出版にも取り組まれました。

 先生はその人柄から多くの人に慕われていましたが、2014(平成26)年3月2日、89歳で逝去されました。くしくも、生誕100年が没後10年となりました。