2023年10月1日からビール系飲料の税率が変更になった。360ml缶でビールは6円程度の値下げ。第3のビールは9円あまり引き上げられた。これにより、ビールと第3のビールの差額は32円から16円程度にまで縮まったことになる。

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酒税改正後10月の出荷数量は1.5倍に増加


これまでビールは発泡酒や第3のビールに市場を奪われてきた。よって、今回の酒税改正はビール会社にとって歓迎すべきものだ。しかし、ビールの売上構成比率が高いアサヒグループホールディングスへの影響は限定的である。

「アサヒスーパードライ」の2023年10月の販売数量は524万箱(1箱は大びん633ml20本分)だった。前年と比較すると1.5倍だ。税率の変更で販売数が急増しているように見えるが、実はスーパードライは2022年10月1日出荷分から6〜10%程度の値上げを行っていた。その影響で、同年10月の出荷数量は前年の3割減となる353万箱まで落ち込んでいたのだ。


アサヒスーパードライ 生ジョッキ缶


2023年10月の524万箱という数字は、2021年10月の529万箱よりも1%程度低いものだ。

2023年11月の出荷数量は前年の1割増となる587万箱だが、これも2021年11月の出荷数量と比較すると2%程度の増加に留まる。


※月次データをもとに筆者作成


アサヒビールは2023年1月6日に事業方針を発表。2023年の方針を「ビールの魅力向上と新たな価値の創造で“すべてのお客さまに、最高の明日を。”お届けする」と定めている。
更に、「10月にビールの減税が予定されています。拡大が見込まれるビール市場において「スーパードライ」と「アサヒ生ビール」の2つのブランドに注力」すると説明していた。

スーパードライの2023年1-11月の累計出荷数量は、前年同期間と比較して4%増加しているのは確かだ。しかし、力強さに欠ける。


売上高は2019年比で1割減少


アサヒビールは国内で酒類の販売を行っている。全体の売上高の7割がビール類だ。そのうち、ビールは65%、発泡酒が11%、第3のビールが24%を占めている。ビールの比率が高い。なお、キリンはビールが41%、発泡酒が13%、第3のビールは46%だ。

さらに、アサヒは飲食店向けの比率が高かった。2019年のビールにおける業務用酒販比率は4割程度を占めている。これがコロナ禍による宴会需要の縮小の影響を受け、2022年には2割程度まで縮小した。

アサヒグループホールディングスの国内酒類売上高は、いまだ回復途上だ。2023年1-9月の売上高は前年同期間比1.4%増の5932億円だった。2021年から反転して増収しているが、2019年の同期間と比較すると1割少ない。


※各社決算短信より筆者作成


キリンは同期間の同じ事業の売上高が5157億円だった。前年同期間比2.7%の増加。2019年の同じ期間と比べても1.0%高い。

売上規模は異なるが、サッポロホールディングスの国内ビール類の2023年1-9月の売上高は前年同期間比5.0%増の1480億円。2019年同期間比で4.0%の減少だった。回復しきっていないとはいえ、アサヒよりも売上差を詰めている。


忘年会を当たり前に行うという文化が消失


アサヒが復活するためのポイントの1つが、宴会需要の完全回復だ。しかし、その望みは薄い。総務省の家計調査によると、2023年10月の交際費の平均は7897円だった。2019年同月は1万1168円だ。3割減少している。

日本フードサービス協会の調査(「外食産業市場動向調査」)では、2023年10月の居酒屋店の月次売上は2019年比65.3%だった。コロナ禍からほぼ日常を取り戻した2023年の忘年会シーズンは宴会需要回復の一つの試金石になるが、見通しは暗い。



東京商工リサーチが4747社に実施したアンケート結果(「2023年「忘・新年会に関するアンケート」調査」)によると、コロナ禍以前に忘年会を実施していたが今年は開催しないと回答した企業は21.8%にのぼっている。その理由は参加に抵抗感を示す従業員が多いというものが42.2%で圧倒的だ。

忘年会はもはや感染云々という話ではなく、それに参加する意味や意義が問われるようになり、開催する機運そのものがなくなったのだ。アサヒビールは業績回復に向け、家庭向けの戦略を本格化するタイミングが訪れている。


海外展開では手痛い目に遭ったキリン


ただし、アサヒグループホールディングス全体の業績は極めて良好だ。2022年12月期の売上高は前期比12.3%増の2兆5111億円、2023年12月期は同7.1%増の2兆6900億円を予想している。2023年12月期の売上高は、2019年12月期を3割程度上回るものだ。

特に好調なのがヨーロッパとオセアニアだ。2023年1-9月のヨーロッパの売上高は前年同期間比20.1%増の5244億円、オセアニアは同9.9%増の4442億円だった。

アサヒはオーストラリアのカールトン&ユナイテッドブリュワリーズを買収し、ヨーロッパのビールメーカーも次々と傘下に収めた。2009年から縮小する日本市場からの転換を掲げ、海外のM&Aを積極化していた。その成果が出ているのだ。

その一方で、キリンは海外のM&Aで手痛い目に遭っている。ミャンマーで合弁会社ミャンマー・ブルワリーを立ち上げたが、クーデターが起こって政情不安に陥った。人権上の危機が高まってキリンは撤退を決断。累計で680億円の損失を出している。





キリンは2011年に進出したブラジルでも撤退を余儀なくされ、3000億円を投じた現地企業を770億円で売却した苦い過去がある。これも政情不安によるものだ。

新興国で急増する需要を捉えようとしたキリンと、安定した需要があるヨーロッパやオセアニアを攻めたアサヒ。海外展開ではアサヒに軍配が上がる。

取材・文/不破聡 写真/Shutterstock