島根県と岡山県を結ぶ特急「やくも」の新型車両がデビューした4月6日、いわゆる「撮り鉄」と呼ばれる鉄道マニアたちが線路内に立ち入り、列車が最大20分ほど遅延するアクシデントが発生した。一連の騒動を受けて、やくもが通過する鳥取県は12日、撮影マナーに関する協議会を開くなど、”迷惑撮り鉄“への対応に追われている。地元住民に話を聞き、その実態を調査した。
 

新型やくも運行初日にトラブル発生

JR西日本は4月6日よりJR出雲市駅(島根県)とJR岡山駅を結ぶ新型やくもの定期運行をスタート。それに伴い、旧型やくもの定期運行は6月15日で終了することで、全国から多くの「撮り鉄」が押し寄せている。その人気の理由を鉄道ライターはこう語る。

「やくもは国鉄がJRに民営化する以前(1972年)に誕生した国鉄型車両で、定期運行する唯一の特急電車。それだけにプレミア感があり撮り鉄からの人気も高い。

過去には『キハ183系』(JR北海道・2023年終了)や特急『雷鳥』(JR西日本・2011年終了)の引退に合わせて多くの撮り鉄たちが最後の雄姿を見ようと訪れたが、今回はそれ以上に注目されています」

新型やくもの運行初日、初便の出発に合わせて出雲市駅では記念セレモニーが開かれるなどお祝いムード一色だったが、すぐにトラブルは発生した。

「午前10時35分ごろ、鳥取県江府町で線路内に人が立ち入ったとの通報があり、やくも2本が速度を落として運転せざるを得ず、最大20分ほど遅延した。この一部始終を見ていた地元住民は『線路内に人が立ち入った。撮り鉄だと思う』などと話している。

撮り鉄に関しては、先月も試運転中に停車していた旧型やくもの車両後方に人が抱きついた写真がXに投稿されて大炎上するなど、悪事珍事は絶えなかった」(テレビディレクター)

一連の騒動を受けて、鳥取県の平井伸治知事は11日の記者会見で「鳥鐵(=撮り鉄)みんなでマナーアップ運動」の実施を発表。翌日に開かれた協議会では、鉄道写真を撮るときの5か条の「鉄則」を制定し「立入禁止の場所には入らない」「他の撮影者と譲り合う」などを掲げて、関係各所が連携して啓蒙活動を行なうことを決定した。

 ゴミを田んぼに投げ捨てる撮り鉄も

なぜ県はこのような対策に乗り出したのか。5日に旧型やくもを撮影しに訪れたというベテラン撮り鉄の30代男性はこう語る。

「当日は朝の7時半にもかかわらず、人気の撮影スポットには200人近くの撮り鉄が集まっていました。そうした場所は警察官が常駐しているので撮り鉄のマナーもいいのですが、穴場では線路内のギリギリまで近寄ったり、畑の中の私有地に堂々と入ったりとマナー違反をする撮り鉄もいた。
三脚が道路にはみ出すなどして車の通行を妨げ、クラクションを鳴らされても、撤収後10秒もたたないうちに同じ位置に再び三脚を立てるなど、反省する様子のない撮り鉄の姿も見られました」

沿線で暮らす地元住民たちは、ただのマナー違反ではすまないと、撮り鉄に怒りをあらわにする。

「本当に迷惑しとるよ。あいつらのせいで車は渋滞するし、場所によっては弁当のゴミや空き缶のポイ捨てがひどくてな。

一度、『お前らゴミは捨てるな!』と怒ったことがあるけど、聞く耳持たずって感じで無視するヤツが大半。あいつらの親に『どんな躾してきたんだ!』って言ってやりたいよ」(60代男性)

「近所にいつも他県ナンバーの車が並んでて、そういう車はバス停にもお構いなしで停めるから、バスが定位置に停まれなくて不便なんですよ。警告の看板を立ててもすぐ倒されるし……。

そういう車は次の撮影スポットに行くためなのかわからないけど、小学校の通学時間だろうと60キロとか猛スピードで飛ばして走るから危なくて見てられません」(70代女性)

さらに、沿線で農業を営む70代男性は、撮り鉄を注意した際に驚きの対応をされたという。

「人気の撮影スポットは深夜でも他県ナンバーの車がズラーっと停まっていて、連中はそこで車中泊をして翌日の撮影に備えてる。なかにはアスファルトにガムテープを貼って場所取りしてるやつもいて、何度注意しても無視だ。

それどころか『クソがッ!』と叫んで、剥がしたガムテープを丸めて田んぼに投げ捨てやがったやつがいたんだよ。あの時は開いた口が塞がらなかったね。沿線の農家の人たちはみんなカンカンですわ」

鳥取県は撮り鉄との共存共栄を目指す

このように撮り鉄に憤慨している地元民は多いが、一方で「それでも昔に比べたらだいぶマシになった」と話すのは前述の30代ベテラン撮り鉄だ。

「過去には水面が反射した鉄道写真を撮るために勝手に田んぼに水を張って大問題になったこともありましたし、撮影を妨げる人に対して『どけよ!』『消えろ!』といった罵声を浴びせる“罵声大会”が発生することも珍しくなかった。

3年前に撮り鉄が狙う江ノ電(江ノ島電鉄)の前を自転車で通った外国人の男性が、撮り鉄たちから罵声を浴びせられる動画が出回り大炎上したのも記憶に新しいです。

実際に私も農作業をしている農家の人に『失せろ!』と暴言を吐きまくってる撮り鉄を見たこともありますし……」

しかし、今回、騒動の舞台となっている鳥取県は「鳥鐵(撮り鉄)の地・とっとり」と打ち出すなど、鳥取県は鉄道を重要な観光資源としており、撮り鉄との共存を目指している側面もあるという。

やくもの撮影スポットが点在する場所に位置するビジネスホテルで働く60代の女性従業員は「最近はやくものおかげで売れゆきがいい」と話す。

「桜が咲き始めた頃から予約で満室になることが増えました。周りの同業さんも“撮り鉄バブル”で潤ってるんじゃないでしょうか。

うちに泊まりにくる方はみんないい子だし、『こんなの撮れたんですよ!』とうれしそうにやくもの写真を見せてくれたり、山桜が見えるスポットを案内したら、すごく喜んでくれてまた泊まりに来てくれた方もいました。一部の人たちの行動のせいで撮り鉄全体のイメージが下がってしまうのは残念ですよね……」

鳥取県では今後も多くの撮り鉄が訪れることが予想されるため、沿線自治体と協力しておよそ300台の駐車場を設けるなど対策を強化している。だが、前出の30代ベテラン撮り鉄男性は「6月15日の旧型やくもの引退日が近づくにつれて、撮り鉄たちのマナーは悪くなっていくのではないか」と警鐘を鳴らす。

「引退する車両の姿をカメラに収めようとする、いわゆる『葬式鉄』と呼ばれる人たちはにわかでマナーをわきまえていない人が多いので、確実にトラブルは増えていくはず。

撮った電車をもう一度撮るために、車で電車を追い抜いて次の撮影スポットに向かう『暴走鉄』も出てきます。そうなると事故が起きて、けが人が出る可能性だって十分にあると思いますよ」

平井鳥取県知事は11日の記者会見にて、「『やみくも』ではなく『やくも』を楽しんで」と得意のダジャレで注意喚起を行なった。

果たしてこの言葉が撮り鉄の耳に届くのか。それとも同じ轍を踏んでしまうのか。「やくも」引退まであと2ヶ月を切っている。

取材・文/集英社オンライン編集部ニュース班