国内外のブレイキン大会で数多くの優勝経験を持つB-BoyのShigekixさん。今年のパリ五輪でも金メダル候補として期待されるが、過去にはターニングポイントがいくつもあった。B-Boyとして視野が広がりつつも挫折を経験したバトル、そしてパリ五輪出場決定。7歳でB-Boyになり、これまで14年間ブレイキンを続けてきたなかで、転機になった“出来事”を振り返ってもらった。(前後編の後編)

《前編》はこちら

ユースオリンピック前後で大きく変わった考え方や意識


最初に訪れた転機は10歳。

横浜で行われたイベント「RAW SKOOL JAM」のU-15 1on1 B-Boyバトルで優勝し、その優勝特典としてラスベガスを拠点とするダンスクルー「BATTLE BORN」のアニバーサリーイベントに招待されたときだった。

「ラスベガスに行って、イベントに参加したのはもちろん、主催者のはからいで2on2のエキシビションマッチを組んでもらったんです。僕は姉とタッグを組んで参加したのですが、同世代で勢いのあるアメリカのキッズB-Boyとバトルができたのは、非常に貴重な経験をさせてもらえたと思っています」

その次は、12歳でフランスの世界大会「Chelles Battle pro」キッズ部門で優勝を成し遂げたときだという。


「Chelles Battle pro」キッズ部門で優勝したとき(当時12歳)


U15枠で出場したバトルの決勝で当たったのは、スキルフルな踊りを得意とするハワイの天才キッズB-Boy・Lil'Demon(リル・デーモン)。接戦を見事に制したShigekixは、一躍世界中のブレイカーから脚光を浴びるようになった。



「Chelles Battle pro」キッズ部門で優勝したとき


そして、今のダンススタイルに通ずる「学び」と「気づき」を得られた出来事が、16歳で出場した「2018年 ブエノスアイレスユースオリンピック」だった。

ブレイキンが五輪初の正式種目として採用された記念すべき大会だったが、Shigekixは惜しくも3位に終わる。

「それまでも敗北を経験したことは何度もあったが、ここまで悔しくて無念な気持ちになった敗北感はなかった」

最善の準備で臨んだ大会だったのに、結果を出せなかった。どういう風に、気持ちを整理すればいいのか。ダンサーとして、今後どのようにキャリアを積んでいけばいいのか。

ユースオリンピックで頂点に立てなかったことで、「なぜ頂点に立てなかったのか」を自問自答を繰り返しながら考えていくうちに、あらためて自分の未来像や目指すべき目標が明確になっていったという。


パリ五輪ブレイキン日本代表のShigekixさん

「この2018年のユースオリンピックは、自分のキャリアがゲームチェンジした瞬間でしたね。今振り返ってみても、大会の前と後ではブレイキンに対するマインドやモチベーションが全然違うなと感じています。自分のブレイキンとより向き合うきっかけになりましたし、どんなダンサーになりたくてそのためにはどんなことをもっと学ぶべきなのか、意識を向けるべきなのか。大会への準備期間、大会当日はもちろんですが、日々の生活から常に考えるようになりました」

歴史に残る大御所B-Boyとのバトル


また、ここ近年でブレイキンの歴史に残る名バトルだったのが、「Red Bull BC One World Final 2021」のベスト8で当たったFlea Rock(フリーロック)との一戦だ。

新進気鋭の若手No.1・B-BoyであるShigekixさんは、持ち前のフィジカルを活かし、高難度な技やつなぎを次々と展開、完成度の高いムーブを披露した。

しかし、30年近いダンス歴を誇る大御所Flea Rock(当時39歳)は、アメリカを代表するレジェンドB-Boy。ブレイキンバトルシーンから遠ざかっていた大ベテランによるまさかのバトル出場だった。
バトルが始まるとコミカルな動きに加えて、ベテランの経験に裏打ちされたストーリー性と渋みあるムーブは、会場の雰囲気を一気に味方につけ、軍配はFlea Rockに上がったのだ。


Shigekix vs Flea Rock【Red Bull BC One World Final 2021】


技の引き出しや技量、難易度に関しては圧倒的にShigekixが上回っていた。しかし、なぜFlea Rockが勝ったのか。

ネットでは世界中で賛否両論が起こり、「ブレイキンはスポーツかカルチャーか」といった多くの反響を呼んだバトルだったが、「対戦相手やジャッジ(結果)に対しては、まったくネガティブな思いはなかった」とShigekixは振り返る。

「Red Bull BC Oneの2連覇を狙っていたのに、大会に向けて準備してきたベストのプレイができず、Flea Rockに敗れたのはとても悔しかったですね。勝敗の行方やジャッジに関してはいろんな意見もありましたが、周りに振り回されているようでは、プレイヤーとしてはよくないと思っています。

どんな場面であっても『自分の実力を出せたのか』『バトルでのパフォーマンスはよかったのか』を振り返り、気を緩ませることのないように肝に命じているんです。勝っても負けても、よかった部分と改善すべき点は見出せるので、自分のフィルターを通してバトルの結果を振り返ることを大切にしています」



Flea Rockとの一戦は、優勝が決まるわけでもないベスト8の試合だ。それにもかかわらず、ブレイキンの好きな人たちがそのバトルに対して熱く語り、ベストマッチにも選ばれたことに対して、とても光栄な気持ちを抱いているという。

「フィジカルや技術、難易度の高さだけでは勝敗が決まらないブレイキンの面白さや奥深さに気づき、ブレイキンに興味を持つ人が増えたと思えば、Flea Rockとの一戦は、非常に価値のあるものだったなと考えています」


ブレイキンで人生が変わる人を増やしたい


技の組み立てやパワームーブの難易度など、ブレイキンは世界的に見ても飛躍的にレベルが向上している。パリ五輪では誰が勝ってもおかしくなく、拮抗した激戦が予想されるなか、ブレイキン日本代表のShigekixは、どんな心境で大会に臨むのか。



「自分のアイデアやフィジカル、スタイルはどんな対戦相手と当たっても見失わないように意識しています。たとえ相手が、自分のできないパワームーブやフリーズを得意としていても、自分にしかない強みや見せ方があることを忘れてはいけない。相手に引っ張られず、自分を出し切ることが重要だと感じています。

相手に合わせようとしたところで、その場しのぎの小手先で通用するものでもなく、かえって不安になってしまう。自分自身のスタンスを大切に自信を持って臨むこと。大勢の観衆が見守る五輪当日のバトルを楽しむことが何より大事だと思っています」

2018年のユースオリンピックでは銅メダルに終わったShigekix。パリ五輪では金メダルを獲るという目標のほか、「多くの人にブレイキンの魅力を知ってもらういい機会にしたい」と抱負を語る。



「五輪出場の内定が決まるまで、たくさんのことを学ばせてもらうことができました。当日を迎えるまで、B-Boyとしてさらに高みを目指し、最大限のパフォーマンスを見せられるように尽力していきたいですね。また、パリ五輪がきっかけで多くの人がブレイキンに興味を持ってもらえたらうれしいです。

僕はブレイキンに出会ったことで生活が豊かになり、かけがえないの時間をたくさん過ごすことができ、人生が大きく変わりました。僕と同じようにブレイキンを始めたことで、生き生きする人を増やしたい。これが僕の人生のテーマ。これからもB-Boyとして活動するなかで、ブレイキンの楽しさや素晴らしさを伝えていきたいです」


《前編》はこちら

《前編》〈2024パリ五輪〉7歳での“代役”ダンスバトルデビューから世界トップレベルに。ブレイキン日本代表・Shigekixの少年時代


取材・文/古田島大介 撮影/下城英悟