中東開催の大会で、中東勢と対戦することの意味
1月12日に開幕したサッカーアジアカップに参加している日本代表は、過去最強の呼び声が高かかった。グループリーグの相手もベトナム、イラク、インドネシアで1位突破は確実なようにも見えた。
ところが、19日のグループリーグ第2戦でイラクに1−2で敗戦。結果、予選は2位突破となってしまった。W杯優勝経験があるドイツに2度も勝利しているのに、なぜイラクに負けるのだろう。
そこには、日本の視点から見落としがちな理由がある。
シンプルに中東勢をナメていたのだ。
細かくいうと、中東開催の大会で、中東勢と対戦することを甘くみていた。結論からいおう。今大会出場24か国・地域のうち、じつに16の国・地域が「アラブ」「中東」「イスラム」いずれかの点で仲間意識を持っているのだ。
カタール、イラン、サウジアラビア、シリア、UAE、イラク、オマーン、レバノン、ヨルダン、パレスチナ、バーレーン、ウズベキスタン、タジキスタン、キルギス、インドネシア、マレーシア。
逆にそれ以外の国・地域は8か国だけ。日本、韓国、香港、中国、インド、ベトナム、タイ、オーストラリア。
日本は今夜、バーレンとの決勝トーナメント1回戦を戦うが、グループリーグを勝ち抜いた16チームでいうと、前述した仲間意識を持つ国と、そうではない国の比率は12:4になる。
かの地域の国境の概念や連帯感は、東アジアに暮らす我々とは違うという。国際政治学者で中東地域研究が専門の高橋和夫氏は言う。
「アラブ諸国では、アラブ人の国家としての連帯感が強く抱かれています。ひとつにはアラビア語を共有しているからです。国や地域により、訛りは違いますが、それは方言レベルの差違ですので、アラブ人の間では言葉が通じるのです。また栄光の歴史も共有しています。
7世紀にイスラム教が起こった直後からアラブ人が布教と征服の戦争を始めます。連戦連勝でした。東は中国の国境から西はフランス国境に至る広大な地域を支配。エジプトのナセル大統領やイラクのフセイン大統領のように、現代のアラブ人の中にも、アラブ諸国を統一して、その栄光の時代を取り戻そうという考え方も一時期にあったほどです。失敗に終わっていますが」(高橋氏)
日本が敗れたイラク戦では、イラクへの大きな声援が聞こえてきた。もちろんカタールと物理的距離が近く、イラクサポーターが参加しやすかった点もあるだろう。
だがいっぽうでイラクとカタールは同じ「アラブ」なのだ。
サッカーはときに、ニュースとは違った角度で海外の事情を炙り出す。24チーム中16チームの連帯感とは何なのか、「アラブ」「中東」「イスラム」という用語の整理をしながら話を進めよう。
アラブ・中東・イスラムの概念
まずは狭い範囲の概念から、「アラブ(国家)」についてだ。
「アラブ人の定義は込み入っています。ここではわかりやすく『アラビア語を生活の言語にしている人々』としましょう。アラブ人が多数派の国が世界にはエジプト、イラク、クウェート、カタールなど21か国あります。
さらにパレスチナを国家と考えれば22か国になります。今回のアジアカップに出場しているパレスチナを国家として認めている国もあれば、認めていない国もあるので解釈が微妙ですが。要注意なのが『アラブ=イスラム教徒』ではないということ。アラビア語を生活言語にしている人々のなかにもキリスト教や他の宗教を信仰する人たちがいます」(高橋氏)
この次に広範囲な地域を指す概念が「中東」だ。
「現在は中東という言葉に、イラクやヨルダンのような西アジアの国々に加え、イスラム教教徒のアラブ人が多数派のエジプト、スーダン、ソマリア、チュニジア、リビア、モロッコ、モーリタニアなどの北アフリカ諸国も含まれる場合が多いです。中東・北アフリカという言葉も使われます」
ここでも要注意ポイントがある。
「中東とアラブはイコールではありません」(高橋氏)
中東の非アラブ国として、トルコとイランが挙げられる。これは「言語の違い」によるもので、トルコはトルコ語、イランはペルシャ語を生活言語に使うからだ。
そして最も広域に渡る概念が「イスラム圏」だ。
「イスラム教徒が多数派の地域という考え方で、前出のトルコやイランはもちろん、東南アジアのマレーシアやインドネシア、ブルネイもイスラム圏に含まれます。そして南アジアのパキスタン、中央アジアさらにはコーカサスのアゼルバイジャンなども含まれるでしょう」(高橋氏)
そのほか、イスラム教徒が多数派の都市や地域では、フランスのマルセイユ市、中国西部の新疆ウイグル自治区、米国ミシガン州ディアボーン市などが知られる。
これらの概念の地域での連帯感は、日本が中国や韓国で試合をする際にはなかなか持ち得ない感覚だ。
そこをホームに近い場所とは決して思えない。
逆に中韓開催の国際大会では、開催国との対戦ではなかなかに強烈な出来事が起きてきた。韓国では「歴史を忘れた民族に未来はない」という横断幕がサポーター席に掲げられたり(2013年東アジア選手権)、中国では日本の国歌斉唱の際に大ブーイングが起きたり(2004年アジアカップ)する。
先の戦争が招いた近隣諸国との軋轢がある日本との感覚とはかなり違う、アラブ・中東・イスラムの一体感。よく語られる「中東の笛」のメカニズムもここにありそうだ。
西洋とは異なる国境線の捉え方
そもそも、中東エリアでは「国」という考え方も我々とは違う。ここでは、国境線は「後にイギリスやフランスによって引かれたもの」という面があるのだ。
「現在のアラブ諸国とトルコに当たる部分はイスタンブールに首都を置くオスマン帝国という一つの大帝国の支配下にありました。この帝国が崩壊してトルコという国が生まれ、アラブ諸国の多くがイギリスやフランスの支配下に入りました。それは第一次世界大戦後のことです。日本の元号でいえば大正時代。その頃の記憶がいまだに鮮明なのは、当然でしょう。イスラム教徒の国家としての一体感を人々は覚えています」(高橋氏)
ちなみに同大会において、韓国は日本よりもひどい状態にある。1勝2分、グループリーグで合計6失点だ。格下のはずの中東勢バーレーンとイスラム圏マレーシアを相手に引き分けという失態を演じ、国内では大批判が巻き怒っている。まんまと「中東勢」と「イスラム圏」にカタールの地でやられているのだ。
「中東の国々は、同じ中東の国での試合では、落ち着いた気持ちで試合ができるという感覚は強いと思います。国同士で仲間内意識があるからです。まず自分の国のチームを応援して、そのチームが敗退すれば、次は近隣のアラブ諸国のチームを応援するのが普通でしょう。そして政治的に苦しい状況にあるパレスチナは皆が応援しています」(高橋氏)
つまりカタールでのアジアカップでアラブ・中東・イスラム教圏の国と戦う場合、すべての条件においてアウェイともいえる状況で、戦うことになるのだ。同じカタールの地での大会でも、欧州勢を撃破した2022年のワールドカップとは違う。
また、試合ごとの審判団の配分も隠された注目ポイントだ。本来ならば当然のごとくFIFA(=世界サッカー連盟)が決めた「第三国の審判が笛を吹く」というルールがある。が、欧州など他大陸からの審判団が派遣されていない今大会では、アラブ・中東・イスラム圏対それ以外の国の対戦において、前者の主審が笛を吹く試合がある。日本が敗れた19日のイラク戦もサウジアラビアの主審がジャッジを務めた。
今夜のバーレーン戦を含めて、「アラブ・中東・イスラム圏」との戦いは避けることができないのだ。
今大会は本来、韓国での開催が有力視されていたが、すんでのところで経済発展著しいカタールにかっさらわれた。この地域の連帯感は、今後も日本代表を苦しめることになるだろう。「アジアはけっして楽ではない」と自覚し戦っていくしかない。
カタールの地での日本代表の健闘を祈ろう。
解説/高橋和夫
取材・文/吉崎エイジーニョ
写真/shutterstock