1月クールの連続ドラマでダントツ話題の金曜ドラマ「不適切にもほどがある」(TBS系毎週金曜日22時放送)。さまざまな1980年代のカルチャーがドラマを彩り、昭和からZ世代まで幅広く支持されている。中でも女優、河合優実が披露した“聖子ちゃんカット”は「かわいい!」と大反響。過去にもさまざまなドラマで聖子ちゃんカットに扮した女優はみんな似合っていたような気がする。もしや聖子ちゃんカットは最強の髪型ではないのか? そんな疑問を美容誌MAQUIA元編集長でもある集英社オンラインの志沢編集長にぶつけてみた。

真面目な子も不良の子も全員していた聖子ちゃんカット

聖子ちゃんカットをドラマで披露してきたのは「不適切にもほどがある!」の河合優実だけでなく、NHK朝の連続テレビ小説「あまちゃん」では有村架純が、2018年放送のドラマ「今日から俺は‼」(日本テレビ系)でも清野菜名が聖子ちゃんカットで登場し、そのたびに話題になってきた。

聖子ちゃんカットは、なぜこれほどまでインパクトがあり、令和になってもかわいい!ともてはやされるのだろうか?

松田聖子は1980年4月に「裸足の季節」でデビュー。記者の記憶では、セカンドシングルの「青い珊瑚礁」あたりから、あの聖子ちゃんカットでめきめき登場し、世の男子のみならず女子にも衝撃を与えたように思う。

「聖子ちゃんカットは、長さはセミロングくらいで、サイドに細かくレイヤーを入れて、その部分をブローでふんわりとバックに流す、前髪は目元ギリギリやや重めの長さで内巻きというのが特徴でした。
このヘアスタイルのすごいところは、『どんな人もかわいく見せる』につきます。
目を大きく見せたい、小顔に見せたい、エラが張っているのを隠したい……世の女性にはさまざまなコンプレックスあるものです。そのコンプレックスのほとんどをカバーするのがこの聖子カットのすごさ。

目にかからないギリギリのラインで、前髪をくるんとカールすることで、目元に影ができ、はれぼったい目や小さな目もぱっちりと印象付けます。そもそもこのころの聖子ちゃんも一重まぶたでした。
サイドのふんわりレイヤーは顔周りに影をつくってくれることで、エラや面長といった輪郭の悩みをカバー。さらに日本人のほとんどにある、絶壁、ハチハリという頭の形の悩みも、三角シルエットの聖子カットのおかげで立体感を感じさせてくれるんです。

今だと考えられないかもしれませんが、当時は普通の子も不良の子もとにかくみんな聖子ちゃんカット。ひとつのスタイルをみんながするなんて、多様性の今からしたらびっくりだと思いますが、当時、一斉を風靡するというのはそういうことだったんです。

しかもその人気の裏には前述のような“欠点カバー”という根拠もしっかりある。そんな万能ヘアだから、時を超えて、平成、令和のドラマで女優さんが聖子カットをしても、違和感なくかわいいし、似合うんだと思います」(志沢、以下同)

松田聖子は、「赤いスイートピー」あたりから、ショートヘアに切り替わり、脱・聖子ちゃんカットになっていったが、その影響は1980年代の他のアイドルたちに受け継がれていく。

中森明菜もデビュー当時は聖子ちゃんカットに近いロングヘアだったし、「花の82年組」と言われた、小泉今日子、松本伊代、石川秀美も、デビュー当時はみな聖子ちゃんカットだった。

「聖子カットは、幅広い年代層がマネしていたというのも特徴です。私は当時中学生だったけど、女子大生もみんな聖子カットにしていました。

時が経つにつれ、さらにバリエーションが増えて、サイドのみレイヤーにした松本伊代スタイルや、バックはワンレングスのロングで前髪のサイドのみ流す川島なお美スタイルなどに発展していきます。川島なお美さんのヘアスタイルは彼女の母校でもある青山学院大学の女子大生の間で爆発的に流行して“青学カット”とも呼ばれていました。

この頃、集英社には「明星ヘアカタログ」という季刊誌があって、これはアイドルたちの髪型を写真満載でデータカタログにした素晴らしいムックだったんですが、聖子ちゃんカットの特集号はまた別格でしたね。みんながこの特集を美容院に持っていてオーダーしていた時代です。なにしろ日本全国の女の子が聖子カットにしていたんですから」

 

聖子ちゃんカットは生活スタイルにまで変化をもたらした

聖子ちゃんカットが最強なのは、ただ単にヘアスタイルが流行ったということだけではなく、そこから生活スタイルの変化やヒット商品が多く生まれたことだ。

「実は聖子カットをきれいに完成させるにはいくつかハードルがあったんですよ。でもそのハードルのおかげで、さまざまなヘア関連の商品が注目されることに。

まず、あのサイドレイヤーを後ろに流してキープするにはブローだけではうまくできなくて、けっこう大変なのです。とくに直毛の人はまず無理。
本来、あのヘアスタイルはパーマがあってこそ完成するのですが、聖子ちゃんに憧れる当時の中高生は校則でパーマをかけるのはもちろん禁止。
そこで流行ったのがブラシとドライヤーが一体化になった『くるくるドライヤー』です。
私の時代はみんな、親におねだりして買ってもらっていました。修学旅行にこっそりもっていたのも思い出です。

けれどブローでスタイルはなんとかできても、それをキープするのも至難の技。雨の日も風の日もサイドは夜まで後ろに流れててほしいんです!

そこでくるくるドライヤーとセットで流行ったのが、ヘアスタイルをキープするヘアスプレーです。なかでも花王の『ケープ』はそのハードなセット力で大人気。今も夜職の方には欠かせないし、プロのヘアメイクさんにも愛用する方は多いです。

また、聖子ちゃんカットは朝起きるとつぶれているので、髪を濡らして再セットする必要があり、今では当たり前になった“朝シャン”が、これまた大流行することに。
当時の洗面台はシャワーヘッドがコードになって伸びるわけでもなかったので、朝からお風呂やシャワーを浴びたり、洗面台をびしょびしょにしてシャンプーしたりして、親と喧嘩になる子もいました。そのくらい髪型に命かけていたんですよ、当時の女子は(笑)」

確かに記者も中学・高校生時代は父親から「風呂は夜! 朝シャンなんて絶対にダメ!」と言われて、髪を水スプレーで濡らしてセットしていた……。

「80年代はアイドル全盛時代で、アイドルの髪型に憧れて、ヘアカタログや雑誌の写真を切り抜いて、美容院でオーダーするのが当たり前でした。
その後、バブル期にはワンレングスやソバージュなども流行りましたが、聖子ちゃんカットほどのブームではなかったと記憶しています。

その後、1990年代には藤原紀香さんのウルフカットがまた大ブームになりました。耳から下に思い切りレイヤーを入れて、軽く梳いたヘアスタイルは髪の毛の量の多さに悩む人から絶大な支持を受け、彼女のカットを担当していたヘアーディメンションの宮村浩気さんのもとにみんなが押し寄せたものです。
そこから『カリスマ美容師』の存在がクローズアップされ、ヘアサロンブーム時代に突入しました。このころは女性誌もヘア特集をすると、とにかくすごく売れたのを覚えています。

その後、さまざまなアイドルや女優さんが登場していますが、ある人の特定の髪型をみんながいっせいに真似するという大きなブームはこの紀香ウルフが最後だったんじゃないかな。今は、自分に似合う『似合わせヘア』を求める時代になりましたよね」

かわいいだけのブームではなく、ライフスタイルにまで及んだ聖子ちゃんカットはやはり最強、時代を超えて伝説になるのだと感じた。

取材・文/百田なつき