2024年3月28日(木)より東京・新国立劇場、2024年4月27日(土)より京都・ロームシアター京都にて、RYUICHI SAKAMOTO + SHIRO TAKATANI 『TIME』の日本初上演が行われる。『TIME』は2021年、世界最大級の舞台芸術の祭典「ホランド・フェスティバル」(オランダ・アムステルダム)で世界初演され高評価を得た舞台作品で、音楽は2023年に逝去した坂本龍一さんが生前全曲を書き下ろした。「時間」をめぐって、パフォーマンスとサウンド、インスタレーション、ビジュアルアートが融合し、夢幻的な世界を立ち上げる話題作だ。初演から出演している世界的ダンサーの田中泯が、本作の魅力や坂本への思いを語った。

■坂本龍一さんとの出会いから実現した『TIME』への出演

ーー『TIME』は、1999年の『LIFE a ryuichi sakamoto opera 1999』に続き、坂本さんが全曲を書き下ろし、高谷史郎(ダムタイプ)と共にコンセプトを考案、創作した。本作に出演する田中は、1974年以降、独自のダンス、身体表現を追求し、俳優としても名高い。田中は坂本さんと2007年11月に出会って以後、徐々に親しくなっていったと振り返る。坂本さんが住んでいたニューヨークに赴く度にお会いし、高谷とも坂本さんを介して知り合った。坂本さんとの思い出をこう話す。

僕自身なぜ人類は踊りという方法を見付けたのか、始めたのかに関心が深まっていました。自分が本当に好きなものが、どういう歴史を経て今のようになっているのかに僕は好奇心があって、それは坂本さんにもありました。似たような位置で活動しているので、坂本さんを頼りにしている部分が僕にもきっとありました。彼の死が近づいてきたとき、いても立ってもいられなくて辛かったですね。亡くなったあと、なんとなく坂本さんと話したことがまだ聴こえているような感じでいます。今でも尊敬しています。

田中泯

田中泯

ーー2019年の7月に『TIME』への出演依頼を受け、二つ返事で受諾した。この作品では、坂本さんから「人類を踊ってほしい」と頼まれた。

人間もほかの動物たちと同じような時代があって、そこから徐々に人間になっていった。人間らしさとはなんだろうか。人間って、本当に今、何だか分からないですよね。平気で殺し合ったりしているということは、ひとつの種でありながら共通のルールがまだできあがっていない過程にある。そう考えると「人類の最初に水を見た人になってみてくれないか」といわれて、「やってみようじゃないか!」と思いました。

ーーアムステルダムでの世界初演時の観客の反応は興味深かったという。

静かでヒタヒタと進んでいって、能の舞台のようでした。本当に静か過ぎるくらい静かでした。終わったあとの反応が凄かったので、正直びっくりしました。ヨーロッパの人が、この1時間に耐えて入り込んでくれたなと思うくらい驚くような反応でした。

■太古から人間が感じ取る「時間」の流れ

ーー本作のテーマである「時間」について、どう考えているのか。

僕らは時の流れに翻弄されたり、あるいは一瞬の出来事に凄く貴重な価値をあたえたり、あるいは振り返ったり、遠くを思ったりする。それは全部時の仕業なんですよね。そこでもう一度立ち止まって「時間」というものを感じ取っていく。その中心となるのが間違いなく私たち一人ひとりなんですね。時間に動かされているんじゃなくて、私たち一人ひとりが時を感じ考えて生きているわけです。僕はあと何年で死ぬのかなという年頃ですが、皆さんだって必ずそのときがやってくる。そのように限られた時間と考えることもできるし、永遠の時間に思いをはせることもできるでしょう。そういう意味で『TIME』は、人間はきっと昔から時をこういうふうに感じ取り、それぞれの思いで時と共に生きているんだろうかなということを描いています。

田中泯

田中泯

ーー『TIME』で田中は笙奏者の第一人者である宮田まゆみと共演している。以前、宮田の演奏に触れる機会があり、それ以来「空気に音が付いているような」音色に惹かれているという。雅楽へのオマージュも込められた坂本さんの本作での音楽について、以下のように語る。

僕自身は感覚的には驚いていますし好きです。でも、それ以上に語ることは難しいですね。ただ、僕は世界各地の少数民族の資料を集めています。中国にたくさんいる少数民族のなかに、長い植物の筒を使って笙のような音を出して踊る民族がいっぱいあるんです。雅楽のもとはやっぱり野にあったのかなと思ってはいました。それがどんどん昇華されていって、雅楽の笙の形になったんでしょう。ああいう音、音楽に多くの人が感覚的に共調できる時代があったことは羨ましいです。今は、どんどんどんどんセンスが削がれていっている時代ですので。

■踊ることの原動力とは?

ーー長年にわたり国内外で幅広く活動する。踊りに駆り立てる原動力はどこにあるのだろうか。

自分が生きて生まれてきた、この人間という生き物はどうなっていくんだろう? という好奇心があります。僕は小さい頃から他の生き物に、あるいは自然現象に興味を持っていて、そっちに飛び込んでいく時間が長かったんです。子どものころから一人遊びばかりしていて、その頃に体験した他の生物の驚くような様に正直今でも影響されていています。「自分はやっぱり生き物だよな」というのが僕の結論のような気がするんですよね。人間はこの地球の命の一部でしかない非常に弱い生き物です。一番強い生き物では決してない。弱さがあるということを分かるというのは、もっと人間らしくなることなんじゃないかなと僕は思います。そうなってほしいなという気持ちもあるし、見届けていきたいです。

ーー奇しくも坂本さんの一周忌に初日を迎える日本初上演に向けて、こう話した。

きっと観にいらしてくれた方のなかに、この『TIME』でご覧になって感じたりするようなものの何かが必ず棲んでいると思います。『TIME』に通底する何かを見付けに来ていただきたい。そうすればきっと「自分が生きている」ということを掴むきっかけになるかもしれません。ぜひ足を運んでいただきたいです。

田中泯

田中泯

取材・文=高橋森彦     撮影=中田智章