独自の知見と技術で、名だたるシェフをうならせる野菜を作る「伝説の農家」がいる。浅野悦男、79歳。自称「百姓」。年間100種類以上の野菜を出荷している。

生産者と料理人が直接つながる道を拓いた浅野は、2023年、フランスのレストランガイド「ゴ・エ・ミヨ」で「テロワール賞」を受賞。

単なる食材の提供ではなく、「料理人に武器を与えてくれる」と、シェフたちは浅野を慕う。外国からやってくる名シェフたちも、こぞって浅野の農場を訪れる。

いったい浅野が作る野菜は「どんな味」なのか?『Farm to Table シェフが愛する百姓・浅野悦男の365日』を上梓したジャーナリストの成見智子氏が、「伝説の農家」の野菜作りを紹介する。

79歳、トレードマークは迷彩柄と髑髏

あるときは、迷彩柄のベストにはき古したデニム、黒いベレー帽。またあるときは、アーティスト系のTシャツにカーゴパンツ。胸元には、鋭く尖った鹿角アクセサリー、ウエストには髑髏を象ったバックルが光る。

「怖い」と言われることも多いが、浅野をよく知る人たちの印象はむしろ正反対だ(写真提供:タカオカ邦彦)

浅野悦男、79歳。小柄だが、精悍でがっしりとした体躯を持つ。

土の上に立っているだけで、その鋼のような肉体から底知れぬエネルギーが伝わってくる。

千葉県八街市で「シェフズガーデン エコファーム・アサノ」を営む浅野は、飲食店向けに年間100品目以上の野菜やハーブ、草花を出荷。飲食業界ではよく知られた存在だ。

2.5haの畑を縦横無尽に歩き回る浅野は、その場で野菜やハーブを枝からポキッと折り取り、土の中から根菜をすっと引き抜き、収穫した花の蕾をナイフで器用に切り取って差し出す。

手のひらの上の草花や実は、初めて見るような色かたちをしていたり、見たことはあっても、食べようと思ったことがないものが多い。