あるとき、Bさんは、咳が長引いていたことをきっかけに、3〜4年ぶりに病院を受診しました。「大した不調とは思わないけれど、念のため」と思っての受診だったそうです。ところが、久しぶりに受けた検査で、Bさんは末期の肺がんと診断されました。

Bさんは職業柄、食事や運動にも気をつけ、忙しいながらも自らの健康には気を配っていました。タバコも吸っておらず、「まさか自分が肺がんになるなんて、夢にも思わなかった」と言います。

耳鼻科を訪れる患者さんに対しては、定期的ながん検診の重要性を説きながらも、自分自身は仕事に追われるうちに、気づけばしばらく検診に行けていなかったそうです。

そのわずか3〜4年の間にがんが進行し、診断がついたときには手遅れの状態になっていたのです。

Bさんは、もう少し病院を受診するのが早ければ、手術をして生き長らえる可能性もあったと思います。高校生のお子さんもいて、「親としてやり残したことがたくさんあるのに……」と、悔やみきれない様子で話していた姿を、今でも思い出します。

僕のようになってほしくない

医師として駆け出しの私に、「僕のようになってほしくないから、医師として人の健康を守るだけじゃなく、君自身の健康もちゃんと大事にしなさいね」「自分が死んだら意味がないんだよ」とかけてくれた言葉は忘れられません。

たった数年、検診に行かなかったばかりに、40代という若さで大切な家族を置いて、この世を去らねばならない現実を突きつけられたBさんの姿は、あまりに切なくて、病室の光景とともに今も記憶が鮮明に残っています。

現役世代は、つい目先の仕事や家族を優先し、自分の健康を後回しにしてしまいがちです。

しかし、「自分は大丈夫だろう」と過信してしまうと、取り返しのつかない結果を招く場合があることを忘れないでほしいと思います。

Bさんは、長引く咳をきっかけに受診しましたが、がんの初期は無症状であることが多いため、症状が出たときには、すでにがんが進行していることも少なくありません。