冒頭から始まる長セリフ

 長谷川博己(47)が主演を務めるTBS系日曜劇場「アンチヒーロー」が14日にスタート。初回は今期の各局のドラマ初回でのトップとなる平均世帯視聴率11.5%(ビデオリサーチ調べ、関東地区、以下同)、21日放送の第2話は12.8%と、好調なスタートを切った。

 同ドラマは、有罪率99.9%といわれる日本の刑事裁判において、依頼人がたとえ真犯人である証拠が完全にそろっていても、裁判で無罪を獲得する弁護士・明墨正樹(長谷川)の姿を描くオリジナル作品だ。初回の冒頭、明墨が拘置所で殺人事件の被疑者に面会し、こう語りかけるところから始まる。

「人を殺したんですか? もう一度お聞きします。あなたは人を殺しましたか? 質問を変えましょう。殺人犯として生きるということはどういうことだと思いますか? 人殺し、生きる価値無し、人間のクズ、死んで償え。有罪が確定した瞬間、こんな言葉があなたに浴びせられます」

 そして、約3分半の長ゼリフをこう閉める。

「どんなに心を入れ替えたとしても、出所した先に自分の居場所なんか無いんです。幸せになんかなれるわけないんです。やがて絶望し、もう一度人を殺すか、自ら命を絶つか、待っているのはそんな未来だけです。殺人犯になった時点であなたの人生は終わります。仕方ないですよ。だって…人殺してるんですから」

「このセリフで、明墨が普通の弁護士とは違う思考回路の持ち主だということが分かり、物語の方向性を象徴しています。その後は、被疑者の初公判まで28分間CMなしで視聴者を引きつけました。長谷川さんは17年4月期の日曜劇場『小さな巨人』に主演し、全10話の平均世帯視聴率は13.5%を記録していますが、今回の役は長谷川さんしかいないという、制作サイドの意向で白羽の矢が立ったそうです。というのも、彼は、自分が考え、作り上げたキャラクターが憑依する演技が得意ですが、明墨のキャラもそうしてできたもの。昨年、日曜劇場では潤沢な予算をかけた『VIVANT』がヒットしましたが、今のところ“大人の事情”で続編制作は白紙になっています。TBSとしては、ぜひとも『アンチヒーロー』を当ててシリーズ化したいようです」(テレビ誌記者)

大抜てきで大ブレイク

 2020年のNHK大河ドラマ「麒麟がくる」で主演を務め、すっかり売れっ子になった長谷川だが、もともとは俳優志望ではなかったという。

「大学時代は大手出版社・マガジンハウスでアルバイトをしていました。その際、リリー・フランキーさんの自宅にイラスト原稿を取りに行っていたことを、リリーさんと共演した映画『二重生活』(16年)の舞台あいさつで、リリーさんが明かしていました。長谷川さんによると、その当時、役者ではなく映画監督を目指していたそうです」(芸能記者)

 大学を卒業後の2001年、内野聖陽(55)、寺島しのぶ(51)、中村雅俊(73)、橋爪功(82)ら数々の名優を輩出した老舗劇団・文学座の演劇研究所に入所。06年に退座するまで、数々の公演に出演して演技力を磨いたが、2010年に抜てきされた役で、公私ともに一躍脚光を浴びることになる。

「NHKのドラマ『セカンドバージン』で、主演の鈴木京香さん演じる主人公と不倫する妻帯者の官僚役を演じました。それまでは無名の存在だったにもかかわらず、たまたま事務所が売り込んだところ、鈴木さんがそのシュッとした風貌を見て『彼がいいわ!』と気に入って制作サイドも納得し抜擢。一躍注目の俳優になりました。そして翌年、同ドラマの劇場版公開直前に鈴木さんとの交際が報じられました。最初は映画の宣伝かと思われましたが、交際はガチ。現在も交際が続いている模様です」(先の記者)

 同ドラマへの出演をきっかけに、11年放送のテレビ東京系「鈴木先生」で民放の連ドラ初主演。さらに、最終回では世帯視聴率40.0%を記録した同年の日本テレビ系ドラマ「家政婦のミタ」にて、4人の子供のシングルファザーでありながら不倫に走るダメダメな父親役を好演した。そして15年の杏(38)主演のフジテレビ系月9ドラマ「デート〜恋とはどんなものかしら〜」と、同年公開の大人気コミックを実写化し2部作が公開された故・三浦春馬さん主演の「進撃の巨人」への出演までが大きな転機となった。

「『デート』で演じたのは、労働を拒否し母親に扶養されつつ読書や映画鑑賞をして日々を過ごす“高等遊民”を自称する35歳のニートでした。『ミタ』の役もそうですが、視聴者から反感を買うような、どうしようもないキャラです。でも、長谷川さんが演じると、何か仕方ないと思える憎めないキャラになってしまう。自ら醸し出す品の良さというか、にじみ出る人柄もあるのでしょう。『アンチヒーロー』でも、法律用語長々と話しながら時折、口元に笑みを浮かべるなど、微妙な表情の変化を見せることで、厭味ったらしい感じがしない」(同)

「進撃の巨人」では最強の戦士・シキシマを演じているが、これは原作には存在せず、いわば自分で作り上げたキャラでもある。

「これが『アンチヒーロー』と同じように、まるで“ゾーン”に入り込んだような憑依キャラで、ものすごいセリフ量でした。三浦さんが演じた主人公のエレンを挑発したりするのですが、原作のファンもオリジナルキャラだったこともあり、なかなかディスることができませんでした」(映画業界関係者)

セリフが多くても、違和感なし

 そして16年、主演を務めた日本版ゴジラシリーズの「シン・ゴジラ」が興行収入82.5億円のヒット作に。同作は数々の映画賞に輝き、長谷川は第40回日本アカデミー賞・優秀主演賞を受賞したが、同作で自分の演技スタイルを確立する。

 長谷川が演じたのは衆議院議員で、内閣官房副長官(政務担当)の矢口蘭堂。ゴジラによって日本が危機に見舞われるものの、常に冷静沈着で、感情を表に出さないという役どころだった。

「総監督の庵野秀明氏が脚本も手掛けましたが、この作品は莫大なセリフ量で、まともに読んでいては4時間ほどの超大作になってしまう。そこで、かなり早口でセリフを読むことにより、上映時間を約2時間にとどめたそうです。矢口は政治用語や専門家から上がってくる科学的な専門用語をほぼ無感情で、スルスルと読み上げました。ほかの役者さんにはマネできない演技ですが、これが長谷川さんの魅力であり持ち味。『アンチヒーロー』でもほかのキャストとは比べものにならないセリフ量です」(同)

 今や一級の主演俳優になった長谷川だが、やはり「アンチヒーロー」で演じているキャラクターを見ると、見事にハマっている印象で、役者人生の代表作になりそうな予感すらある。

「これまでの法廷ドラマといえば、依頼人のために奮闘する弁護士が主人公になるケースが多い。しかし、依頼人が完全にクロなのにシロにしてしまう弁護士が主人公とは、かなり攻めています。弁護士界の『アンチヒーロー』というか『ダークヒーロー』でもある。それなのに、長いセリフを話す場面を見て、古畑任三郎を演じた田村正和に似ているという視聴者の声もあるそうです。脚本家4人でストーリーを毎回、練りに練っているそうなので、今後も仰天の法廷劇が繰り広げられるでしょう」(先の記者)

デイリー新潮編集部