60歳を過ぎた頃から多くの人が直面する「眠れない」という悩み。ところがやみくもに「眠ろう」と努力することは、むしろ死亡リスクの上昇にもつながるという。国立精神・神経医療研究センターの栗山健一氏に聞いた「睡眠健康」を高める“眠りの新常識”とは。

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 60歳を過ぎて、仕事もリタイア。早起きする必要もなくなったことだし、これからは好きなだけ寝られるぞ!

 しかし、そう思って布団に入ってもなかなか寝付けない。せっかく眠りに就けたのに夜中に何度も起きてしまう。もっと寝ておきたいのに、なぜか朝早くに目が覚めてしまう――。

 シニア世代の中には、そんな悩みを持つ方も多いのではないでしょうか。現役時代は布団に入ったのとほぼ同時に眠りに落ちていたのに、せっかく長寝する時間ができたと思ったら、今度はうまく眠ることができなくなってしまった。こうした悩みを訴える方は、高齢になるほど多くなります。

 もちろん、若い世代にも睡眠の悩みを抱えている方はおられます。ところが、若い世代と60代以降とで「眠れない」の性質が全く異なっていることは、あまり知られていません。この“違い”を理解せずに、やみくもに「寝よう、寝よう」としてしまうと、眠れないどころか寿命を縮めることにもなりかねないのです。

長時間睡眠による死亡リスク

 では、60代以降の「眠れない……」を「よく寝た!」に変えるためにはどうすればよいか。この問題を解くカギになるのが、睡眠を「量」ではなく「質」の面から考えるということなのです。若い頃は、睡眠の「量」を確保することが「質」を上げることにもつながったのですが、ことシニア世代に限って言えば、いたずらに「量」を追求すると「質」を低下させてしまいます。誤解を恐れずに言えば、シニア世代は「眠れなくてよい」のです。

〈今年2月に厚生労働省が公開した「健康づくりのための睡眠ガイド2023」。14年に定められた前回の「睡眠指針」から約10年を経て改訂された“新ガイド”の特徴の一つが、必要な睡眠時間がライフステージによって異なることを明確にした点だ。

「睡眠ガイド」によれば、各年代に応じた推奨睡眠時間は、1〜2歳児が11〜14時間、3〜5歳児が10〜13時間、小学生が9〜12時間、中高生が8〜10時間、成人が6時間以上。しかし、子どもや成人について「睡眠不足」の問題が強調される一方、高齢者については「8時間以上にならないこと」と睡眠のとりすぎに注意が向けられ、長時間睡眠による死亡リスクすら指摘されているのだ。〉

高齢者は6時間寝ていれば大丈夫

 健康長寿のために必要な睡眠の量については、これまで膨大な数の調査がなされ、成人の睡眠時間は7〜8時間程度を基本として、それより短くても、長くても死亡リスクが高まるとされてきました。しかし、私たち国立精神・神経医療研究センターの研究グループが40歳以上の米国地域住民約6500人の睡眠データを追跡した結果、65歳以上の場合、睡眠時間が短くても死亡リスクが高まらないことが判明したのです。

 睡眠時間は個人差が大きく、60代で8時間近く寝ている方もおられますが、平均すると6時間を下回り、かつ睡眠時間と死亡リスクの関係は極めて薄い。高齢者の場合、6時間程度眠れていれば、悩むことはないのです。

 私たちの調査でも、40〜64歳の現役世代の場合、睡眠時間が短い人ではやはり死亡率がアップしていました。従って睡眠時間が短くても死亡率が高まらないという高齢者の傾向は特異であり、「十分な量を確保しなければならない」という「睡眠の常識」は、加齢とともに通用しなくなることが明らかになったのです。

布団に長く居続けることがリスクに

 この調査では、もう一つ重要なことが分かっています。それは、高齢者の場合、布団で過ごす「床上時間」が長いほど、死亡リスクが増すということです。一方、現役世代の場合、睡眠時間が長いことは死亡リスクを下げることが新たに判明しました。つまり「寝過ぎ」によって死亡率が高まるのも、高齢者特有の問題といえるのです。

 この調査結果は、「睡眠時間」ではなく、「床上時間」が長い場合であるというのがポイントです。従来の調査では、「どれだけ寝ていますか?」という主観評価に頼った質問で睡眠時間を判断していたため、「睡眠時間」と「床上時間」を混同していた可能性がありました。今回、それを分けて評価した結果、「寝よう、寝よう」と布団に長く居続けることが高齢者の死亡リスクにつながることが分かったのです。

「眠れない」ではなく「眠る必要がない」

 では、布団に入っている時間が長いと、なぜ死亡リスクが高まるのでしょうか。これは60代以降の睡眠時間は6時間程度で十分なのに、7〜8時間も布団に入って眠ろうとしてしまうことで、睡眠の「質」が低下するからだと考えられます。

 そもそも高齢者の睡眠時間が短くなる理由は、若い頃に比べて基礎代謝が低下し、生活の負荷や活動量が減るため。従って「眠れなくなる」のではなく、正確には「眠る必要がなくなる」のです。また、寝起きの時間が前倒しになったり、眠りが浅くなったり、昼間に眠気を催したりするのも、体内時計が作り出す昼夜のメリハリが加齢によって小さくなることに起因しています。つまり、60代以降の「眠れない」「夜、目が覚める」といった睡眠の悩みは、多くの場合、自然な体の変化の結果なのです。

 この加齢と睡眠の質との関係は、ボウルに入った牛乳を思い浮かべてもらうとよく分かります。牛乳が「必要な睡眠時間」、ボウルの大きさは「床の上で過ごす時間」だと思ってください。加齢に伴って体が求める睡眠時間、すなわち牛乳の量が減っているにもかかわらず「寝よう、寝よう」と布団にしがみついてボウルのサイズを大きくしていくとどうなるか。牛乳はボウルの底に浅く薄くたまり、ちょっとした揺れでもたぷん、たぷんと波が立って、ボウルの底が見える状態になってしまいますよね。この「ボウルの底が見えた状態」が、夜中、途中で目が覚めてしまう現象です。つまり、睡眠時間の減少という自然な変化を受け入れられず、必要以上に長く床に就いていると、睡眠が薄まり、質を悪くする原因になってしまうのです。

「睡眠休養感」が重要

〈厚労省の「睡眠ガイド」では、健康増進の観点から「全ての国民が取り組むべき重要課題」として、「適正な睡眠時間の確保」とともに「睡眠休養感の向上」が挙げられている。時間という客観的な問題に比べて、捉えどころのない睡眠の質だが、端的に言えば、この「睡眠休養感」が得られる睡眠こそ、良質な睡眠ということになる。〉

 睡眠休養感は、一言で言えば、朝、目覚めたときの「休まった感覚」のこと。かつては睡眠休養感の欠如が睡眠障害の目安の一つとされていましたが、日常生活ではそう難しく考える必要はありません。朝起きたときに直前の眠りで「体が休まった」となんとなく感じられれば、睡眠の質に特段の問題はないと考えてよいでしょう。逆に、眠りから覚めても体が疲れていたり、動き出しづらかったりすれば、「何か睡眠に問題がある」という警告が発せられていると思ってください。

「睡眠休養感によって死亡リスクに差が」

 このように睡眠休養感は感覚的な指標ではありますが、休養感の欠如した睡眠には、死亡リスクを高める危険な側面もあります。先ほど紹介した私たちの調査では、「睡眠休養感の有無」によって死亡リスクに差が出ることも判明しているのです。

 例えば、40〜64歳では、睡眠時間が短いほど死亡率がアップしたとお話ししましたが、この死亡率の上がり方は睡眠休養感の有無によって異なります。具体的には、「睡眠時間が5.5〜7時間で、睡眠休養感あり」と答えた人を基準とすると、睡眠時間が5.5時間以下の人は「睡眠休養感あり」で死亡率が1.34倍アップしたのに対し、「なし」では1.54倍に跳ね上がっていました。また、65歳以上の高齢者でも、「床上時間が7〜8時間で、睡眠休養感あり」の人を基準とすると、床上時間が8時間以上の人は「睡眠休養感あり」で死亡率が1.14倍アップしたのに対し、「なし」の人では1.57倍とやはり跳ね上がったのです。

眠りを濃くする

 では、睡眠休養感を向上させるためにはどうすればいいのか。この解決策も、現役世代の“常識”がシニア世代には通用しません。

 まず、日中忙しく働いている現役世代の場合「睡眠休養感が得られていない」と感じる原因は睡眠不足がほとんどです。従って、まずは適正な睡眠時間を確保できるよう生活習慣を見直してみてください。

 適正な睡眠量が何時間かは個人差がありますが、目安となるのは平日と休日の睡眠時間の差。目覚ましを使って起きる平日と、自然に目が覚めるまで寝ている休日の睡眠時間の差が1時間以上である場合は、日常的に睡眠が足りていない可能性が高い。そのため、この差が1時間以内、長くても2時間未満になるよう平日の睡眠時間を増やす必要があります。

 当たり前ですが、見直すべきはあくまでも平日の睡眠。ときどき「差を1時間以内に」のほうに引きずられて休日の睡眠時間を削ってしまう方がおられますが、そんなことをすればさらなる睡眠不足に陥りますから、くれぐれも注意してください。

 一方、睡眠量が減少する高齢者の場合では、先ほどの「ボウルの中の牛乳理論」が参考になります。すなわち“牛乳”(必要な睡眠時間)を増やすのは困難ですから、底面の露出を防ぐためには“ボウル”(床上時間)を小さくして水深を深くするしかありません。つまり、「早く眠りたいのに寝付けない」「たくさん眠りたいのに、目が覚めてしまう」といった悩みを抱えている高齢者は、思い切って床上にいる時間を短くしてみるのです。

 もちろん、これまで8時間布団で横になっていた人が一気に床上時間を2時間減らすといった急激な変化はお勧めしません。「まずは30分」、「慣れたらもう30分」と段階を踏んで床上時間を減らしていき、布団に入っている時間が概ね6時間程度となるよう調整するのです。多くの場合、「夜中に目が覚める回数が減った」など睡眠が濃くなっていくのを体感できると思います。

昼夜のメリハリが重要

 中には「毎日8時間以上寝られている」という高齢者もおられるかもしれません。このような場合、現役時代から変わらず、日中に体を動かして働いているような方であれば睡眠時間を無理に減らす必要はありません。体を動かすことで、多少“牛乳”は増えているはずですから。ただ、すでにお仕事を引退されている場合、自分ではぐっすり眠れていると思っていても、実際は夜中に2回も3回もお手洗いに目を覚ますという方が結構多いのです。夜中のお手洗いは「頻尿」という泌尿器科系の病気の可能性もありますが、眠りが薄まっているせいで目が覚め、結果、尿意を催すケースも多々あります。こうした場合はむしろ睡眠時間を減らしたほうが、より濃い睡眠が得られるのです。

 それから、昼間の眠気に悩む高齢者も多いと思います。先ほども言ったとおり、これは加齢に伴って昼夜のメリハリが少なくなっているためで、夜間の睡眠不足が原因ではありません。現役世代の昼間の眠気の多くは夜間の睡眠不足に由来するものですが、高齢者が同じように考えてしまうと「夜、もっと眠らなきゃ」と勘違いして、余計に布団にしがみつくことになる。高齢者で昼間の眠気が気になる方は、夜の睡眠時間を増やすのではなく、昼間しっかり体を動かして昼夜のメリハリをつけることが重要です。どうしても日中に眠気がくる場合、短時間の昼寝は致し方ないと思います。ただ、夜に影響しないよう、長時間の昼寝は避けたほうがいいでしょう。

「寝酒はお勧めできない」

 それでもなかなか寝付けないという夜は、いったん寝床を離れてみるのも有効です。この場合、いきなり明るい部屋に行ったり、テレビを見たりすると体内時計が狂ってしまいますから、薄暗い部屋で椅子やソファに座ってだらっとリラックスした時間を過ごしてみるのです。この時、横になってしまうと体が眠りに入ったと勘違いしますので、極力背もたれに体を委ねる状態にとどめ、眠気を待ちます。

 また、日本には「寝酒」という文化がありますが、これはお勧めできません。確かにお酒は寝付きを良くしますが、アルコールが分解されてできる成分に強い覚醒作用があり、数時間で目が覚めてしまうのです。

 寝付きを良くするためには、とにかく昼間しっかり活動することと、起きる時刻を一定にすること。

「眠くなったら」で問題なし

 そもそも私たちの生活の目的は、昼間の時間を活動的に過ごすことであって、夜、眠ることではありません。睡眠は、日中に活動した結果、体の要求に応じて仕方なくするもの。つまり「眠りを良くすれば、昼間元気になる」のではなく、「昼間元気に動いた結果、夜の眠りが充実してしまう」というあくまで受け身的なものなのです。

 若い頃、同じ時刻にすんなり寝付けていたのは、多くの場合、慢性的な睡眠不足という“借金”があったため。リタイアしてその借金がほぼなくなれば、長い睡眠が必要ない日も出てきます。従って、起きる時刻だけ一定にしておけば、寝る時刻は「眠くなったら」くらいで問題ないのです。

 高齢者には是非、若い頃を思い出し、眠りを惜しんで趣味に興じていただきたい。一見、逆説的ですが、このような心構えこそが良質な睡眠をもたらしてくれるのです。睡眠に限らず、加齢とともに体に変化が生じるのは当然です。この変化とうまく付き合い、より多くの人が睡眠健康を高められることを願っています。

栗山健一(くりやまけんいち)
国立精神・神経医療研究センター精神保健研究所 睡眠・覚醒障害研究部部長。1973年生まれ、東京都出身。99年、筑波大学医学専門学群卒、2003年、東京医科歯科大学大学院修了。国立精神・神経医療研究センター精神保健研究所 成人精神保健部室長や滋賀医科大学准教授などを経て現職。著書に『60歳からの新しい睡眠習慣』がある。

「週刊新潮」2024年3月28日号 掲載