先日の結婚発表の仕方一つとっても、大谷翔平(29)は野球だけでなく、人生の危機管理にまで長けているように見えた。しかしそんな彼が、崖っぷちに追い詰められ、会見後もなお一部で厳しい意見にさらされている。危機管理のプロは、一連の事態をどう見たか。この難局を乗り切るための方法をどう提言するか。【田中辰巳(株)リスクヘッジ・取締役、危機管理コンサルタント】

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 水原一平氏(39)によるスポーツ賭博問題について、3月26日(現地時間25日)に大谷選手は会見を開いた。彼の言葉を聞いた世界中のファンは胸をなで下ろしたに違いない。私も同感である。しかも、従前より大谷選手の言動については、コンサルタントなど無用なほど危機管理が上手だと感じていた。従って、基本的には大過なく克服してくれるものと思っている。

水原氏に腕利きの弁護士がついた場合…

 だが、今回の危機には二つの危ない要素が潜んでいる。第一に、大谷選手と水原氏が対立してしまう可能性があること。第二に、日本の美徳が米国では裏目に出る可能性が高いことだ。順を追って説明していきたい。

 会見によると、大谷選手は何も知らないうちに、水原氏にお金を盗まれたということだ。だが今後水原氏に腕利きの弁護士がついた場合、その主張が揺るがされる可能性もある。「大谷選手は一定の範囲の額なら、水原氏に使用を許容していた筈だ」などと主張して、大谷選手の「知らなかった」「盗まれた」という証言に疑義を唱えるかもしれないのだ。そもそも、ずさんな管理状態が窃盗を誘発したのだと世間に印象付けて、水原氏の悪質性をうやむやにすることも考えられる。これが一つ目の危険な要素である。

 元親友同士がののしり合うような泥仕合は見たくもないが、訴訟社会の米国では決して珍しいことではない。しかも、当然のことではあるものの、大谷選手の会見からは水原氏への愛憎が透けて見えた。水原氏を「信頼していた方」と表現する一方で、「一平さん」とも呼んだのである。両者が対立する可能性はなきにしもあらずであり、それが過熱していけば、大谷選手の好感度が低下する恐れもある。

「寛大すぎる対応をしてしまう」というリスク

 だが、私はそのことよりも、二つ目の危険な要素のほうが気にかかる。それは温かい人柄の大谷選手が、寛大すぎる対応をしてしまうことだ。例えば、支払い能力のない水原氏に対して、厳しく返済を求めないといったことなどである。

“水に落ちた犬は打たず”という日本の美徳は米国では通用しない。ルールを破った者は徹底的に懲らしめる。それがアメリカという国である。セクハラ訴訟で巨額賠償を請求するのが、あちらの流儀なのだ。

メディア対策のコンサルタント

 以上の二つの危険な要素を封じ込めるために大谷選手がなすべきは、まずはスピンドクターと呼ばれるメディア対策のコンサルタントと契約することだ。今後も大谷選手の情報発信は、球団や弁護士から制限されるに違いない。今回の会見でも記者の質問に個別には応じなかったが、事前にプロに最適なコメントを作成させ、積極的な情報開示で実情を第三者に代弁してもらうのが最善だと考える。

 そして次に大谷選手がなすべきは、IRS(内国歳入庁)やFBIの捜査が終わったのちに、水原氏への救済策を講じる弁護士を早い段階で雇うことである。なぜなら、大谷選手の人気が高い理由は、その温かい人柄による部分も大きいからだ。水原氏の弁護士によって対立させられても、“罪を憎んで人を憎まず”という姿勢を示さないと好感度が下がってしまうのである。救済は水原氏本人ではなく、罪のない家族を支援する姿勢で行うのが賢明だろう。

危機管理を迷走させるもの

 2度目のMVPを受賞した時の全米野球記者協会の夕食会で、大谷選手が水原氏への感謝の言葉を述べたのは有名な話だ。だが、愛とか恩義という情は時として、危機管理を迷走させてしまうことがある。ジャニー喜多川氏の性加害について、多くの古参タレントが口をつぐんできたこと。あるいは、離婚した元夫婦が愛憎から暴露合戦を行うことが証拠である。すなわち、優しさに偏ったり、厳しさに偏ったりしてしまうのだ。

 それを防ぐために、大谷選手には“罪を憎んで人を憎まず”の精神で、“今は厳しく後に優しく”あるいは“水原氏本人には厳しく家族には優しく”、という危機管理を期待している。

ギャンブル依存で横領した犯人の言い分

 最後に、読者の皆さんが抱いているであろう疑問にお答えし、他山の石にしていただくためにお伝えしたいことがある。なぜ水原氏はあんなに巨額の借金を作ってしまったのかという点についてだ。

 私はギャンブル依存の社員が会社のお金を横領した事案の相談を数多く受けてきた。不思議なことに、その犯人の大半には悪意がなく、「一時的な立て替えをしただけ」という認識だった。なぜなら、彼らは「次に10倍のお金を賭ければ簡単に取り戻して返せる」という錯覚に陥っているからだ。

 100万円の株式投資をして20万円(20%)損をした時、次に1000万円投資したら2%の値上がりで取り戻せると考えて深みにはまっていくのだ。

 貴方は次のようにささやかれたら、どう反論しますか?「丁半博打やルーレットなど、奇数か偶数かを当てる博打は負ける筈がない。1回目に負けたら、2回目は同じ方に倍の金額を賭ける。2回目も負けたら、3回目は更に倍の金額を賭ける。それを繰り返せば、いつか絶対に勝つのだから。永遠に奇数だけとか偶数だけが続くことはない。あればイカサマだと分かる」と。

 これがギャンブルの怖さである。自分自身はもちろん、大切な家族についても、なるべくギャンブルからは遠ざけていただきたいと願わずにはいられない。

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田中辰巳(たなかたつみ)
(株)リスク・ヘッジ取締役、危機管理コンサルタント。1953年生まれ。慶應義塾大学法学部卒業。リクルート社で広報課長、業務部部長などを歴任し、97年に危機管理のコンサルタント業務を手がける(株)リスク・ヘッジを設立。

「週刊新潮」2024年4月4日号 掲載