健大高崎の“凄足”

“低反発バット元年”とも言えた「第96回選抜高校野球大会」は、健大高崎(群馬)が初優勝を飾った。「機動破壊」の異名を持ち、足を絡めた攻撃には定評がある。昨秋の公式戦9試合で26盗塁。1試合平均盗塁2.89は出場32校中3位。意外なことに、今センバツでは、1回戦から決勝までの5試合でチーム盗塁数は「1」止まり。ただ、そのデータからだけでは読み取れない“凄足”を見せつけた試合があった。

 2回戦の明豊(大分)戦でのことだった。一回1死二、三塁で、健大高崎の4番・箱山遥人の当たり損ないの弱いゴロが、本塁前へと転がった。投手の一ノ瀬翔舞が打球に向かってマウンドを駆け降り、打球を処理したのはそれこそホームベースの目の前だった。

 冷静に、状況を考えてみよう。仮に打者走者がアウトになっても、まだ2死二、三塁。得点圏には走者が残り、次打者も5番だ。普通なら、だから「ストップ」だ。

 ところが、三走・斎藤銀之助は、迷わずスタートを切っていた。投手のモーションに合わせて数歩のサイドステップを切り、バットにボールが当たった瞬間に正面を向いてダッシュをかけるという“当たりゴー”の作戦だ。

 ただ、走者は自分の前に見える打球に関しては、己の走力や守備陣の動きを見て、セーフになれるかの判断はつく。この場合、二走は三走のスタートを確認した上で、追随するようにスタートを切ることになるから、三走の“瞬時の判断”は実に重要になる。

「守れないと勝てないから」

 新基準のバットは、最大径が3ミリ減の64ミリに、さらにバットとボールがコンタクトする「打球部」を、従来から1ミリ増の4ミリ以上とする規定に変わった。

 つまり、バットは細くなった上に、バットの“たわみ”が少なくなることで、飛距離が必然的に落ちることになる。その“打力低下”となることを踏まえた上で、2021年のセンバツで準優勝を果たした明豊・川崎絢平監督は、大会前の甲子園練習でも「守れないと勝てないから」と、30分の練習時間をすべて守備練習に充て、シートノックや内外野の連係プレーの確認に終始していたほどだった。

 実際、今大会を通して本塁打は3本のみ。金属バットが導入された1975年以降としては最小記録となり、優勝した健大高崎、準優勝の報徳学園(兵庫)も、ともに本塁打は0本だった。長打が期待できない状況下で小技や走塁、守備重視のスモール・ベースボールの色合いが濃くなり、2回戦以降は各校とも外野の守備位置が浅くなったことで、シングルヒットでは二塁からの生還も難しく、走者三塁での外野フライもスタートを切りづらくなった。

 それならば、ゴロを打つ約束事のもと、前に打球が飛べば三走が走るという“ギャンブルスタート”の方が、打者にも走者にも分かりやすく、むしろ迷いを消しやすくなる。

タイムリーなしで4得点

 投手の一ノ瀬は「あの当たりでホームに突っ込んでくるっていうのは、少しビックリしました」と試合後に振り返っている。それで慌てた、とは簡単に言いたくはないが、一ノ瀬の本塁送球が間に合わず、野選となって健大高崎は先制点を奪っている。

 さらに、その明豊戦での2点目は中犠飛。6回の3点目も、1死三塁で明豊は内野が前進守備を敷いたのだが、二ゴロで三走・佐々木貫汰が果敢に本塁へ突っ込んでセーフ。7回の4点目も明豊の失策絡みと、4得点でタイムリーは一本もなかった。

 明豊の捕手・石田智能は「打ち損じた打球が強く行かないので、その中でランナーも進んでいきやすいので、そこは点が入りやすくなったのかなと思いますし、それはこの試合ですごく感じました。相手も足があったので、意識はしていたんですけど、うまく対応できなかったのかな、というのはあります」と、低反発バットでの戦いをこう総括している。

「飛ばないバット」の時代

 健大高崎は、決勝戦を含めた大会5試合で本塁打0。41安打のうち、二塁打が5本、三塁打3本と、長打も8本止まり。センバツで金属バットが導入された1975年以降、長打数が一ケタで優勝したのは、今回を含めて8チーム目だ。

 準優勝の報徳学園も、2回戦の常総学院(茨城)を相手に12安打、6得点を挙げたが、そのヒット12本はすべて単打。1回戦の愛工大名電(愛知)戦も11安打のうち、10本が単打だった。

 さらに決勝戦でも、1点を追っての9回2死一塁から代走の西川成久が二盗を成功。アウトになれば、その時点で試合終了となるため、セオリー上では“無謀”ともいえるプレーだが、長打や連打の可能性が低いと判断できるのなら、得点圏に走者を進めるために、今大会5試合でチーム10盗塁の機動力を生かした、この場面での“ベストチョイス”といえるかもしれない。

 攻撃では機動力、バントなどの小技を絡め、守りを固めて無駄な失点を防ぐ。飛ばないバットゆえの「スモール・ベースボール」が、高校野球界で再び見直され、重要視される時代が来たのかもしれない。

喜瀬雅則(きせ・まさのり)
1967年、神戸市生まれ。スポーツライター。関西学院大卒。サンケイスポーツ〜産経新聞で野球担当として阪神、近鉄、オリックス、中日、ソフトバンク、アマ野球の各担当を歴任。産経夕刊連載「独立リーグの現状 その明暗を探る」で2011年度ミズノスポーツライター賞優秀賞受賞。産経新聞社退社後の2017年8月からは、業務委託契約を結ぶ西日本新聞社を中心にプロ野球界の取材を続けている。著書に「牛を飼う球団」(小学館)、「不登校からメジャーへ」(光文社新書)、「ホークス3軍はなぜ成功したのか」(光文社新書)、「稼ぐ!プロ野球」(PHPビジネス新書)、「オリックスはなぜ優勝できたのか 苦闘と変革の25年」(光文社新書)、「阪神タイガースはなんで優勝でけへんのや?」(光文社新書)

デイリー新潮編集部