時が経っても変えてはいけない「経営のタテ糸」

――著書では、生涯の親友同士であった井深氏と本田宗一郎氏との交流や、お互いの経営論・リーダーシップ論が語られています。二人の経営論やリーダーシップ論の特徴は、どういったところにあったのでしょうか。

豊島 二人の出会いは、本田氏が井深氏に「トランジスタで自動車エンジンの点火を制御できないか」と相談したことがきっかけでした。それ以降、二人は意気投合し、井深氏は「あの出会いで私の人生は何倍も豊かになった」と話しています。

 私は、井深氏と本田氏の共通点は「自身の経営哲学を大事にし、それを自らの経営の中で実践していること」にあると考えています。さらに、それらの経営哲学を「経営のタテ糸」として後世に継承している点に注目しています。

「経営のタテ糸」は、その企業に脈々と流れている遺伝子のようなものです。そもそも、経営の「経」という字は、布を織る時の「タテ糸」の意味があり、時が経っても変えてはいけない「創業理念」や「価値観」を指します。

 ソニーの創業者である井深氏の経営の「タテ糸」(経営哲学)は、「望むところを確信して、未だ見ぬものを真実とする」という言葉にあります。この理念が継承されているからこそ、世界初のトランジスタラジオやトリニトロンカラーテレビ、ウォークマンが誕生し、2025年の発売が予定されている自動運転EV「アフィーラ」の開発につながっているのだと思います。

 一方、本田氏が残した「タテ糸」は、「新たなことに絶えず挑戦していくことが自分を進歩させることであり、会社も成長させていく」というものでした。前例のないことへの挑戦が自分自身を成長させ、それが会社の発展にもつながるということです。

 この哲学に沿って、ホンダは二輪車や四輪車だけでなく、小型航空機の分野にも進出します。また、本田氏の「タテ糸」には、「進むべき道を照らす“たいまつ”は、自分の手で掲げる」というものもあります。これは、何をするにも人任せにするのではなく自分でやる、ということです。自分の手を動かすことで初めて身に付くものがある、ということを意味します。

 航空機製造業界では、当時「エンジン」と「機体」は別々の会社による開発・製造が常識でした。しかし、ホンダはその常識を破り、エンジン製造と機体製造の両方を自前で行ったのです。そして21世紀の今、「ホンダジェット機」は小型ビジネスジェット機市場で首位となっています。本田氏の「タテ糸」が継承されたからこそ、こうした成果を見いだせたのではないでしょうか。

 このように、1958年の二人の出会いから相互の「経営のタテ糸」が生まれ、それが時代を超えて継承されてきました。これらのことは、二人にとっての経営哲学であると同時に、人生哲学(生き方)でもあると思います。