―連載「沼の話を聞いてみた」―

受験シーズンもひと段落し、春からの新生活に向けてあわただしく準備しているご家庭も多いだろうか。特にまだ友人ができていない大学生に向けては、「悪質カルトとマルチ商法の偽装勧誘に気をつけろ」とたびたび警鐘が鳴らされる。

 ※写真はイメージです(以下、同)そうした話題に触れるたびに子どもを持つひとりの親として、

「マルチは本当にろくなことにならないですから……」

とため息をつくのは、40代の医師・宮下真子(仮名)さんだ。真子さんの実家も、マルチ商法の製品で埋め尽くされているのだ。

真偽不明な健康効果

某マルチ商法会社の会員となり、商品を買い込んでいるのは真子さんの妹。真子さんの家や実家には、毎月妹からマルチの健康食品が段ボールで送られてくる。真子さんも母も購入しているわけではないので、妹の手元には在庫がさぞかしダブついているのだろう。

マルチ商法なので、勧誘がつきもの。よって、妹はきょうだい親戚友人へ熱心な勧誘をしては、周りから距離を置かれている。

家族がマルチオイル沼202403それだけでなく真子さんがいまいちばん困っているのは、母の健康状態が悪いことである。原因は、どう考えてもマルチの健康食品なのではと怪しんでいるのだ。

この会社の商品にかぎらず、マルチ商法で販売される健康食品(時に雑貨)は、販売員たちによって健康効果が盛られまくって謡われたり、エクストリームな利用法を提案されることがめずらしくない。

母の体調が心配

筆者のもとにたびたび届く話では、健康食品を肌に塗ったり目薬のように使ったりと、「なんでも治る魔法の万能薬」かのように謳われているケースも多々あった。消費を促すために行われる創意工夫は、はたから見て異様である。

「母も、妹が勧めるがままにマルチ商法の健康飲料の類を頻繁に摂取していたんですよね。すると、ずっと喉がつかえるようになったと訴えるようになって。喉や食道、腸の状態を検査しましたが……これといった異常は見つかりませんでした」

家族がマルチオイル沼202403真子さんの実家は医者一家である。父、兄、弟、親戚一同、何かしらの医療職に従事している。なので真子さんも、事あるごとに「喉を見てほしい」と母から頼まれる。

「そうしているうちに、母の腕の内側に、原因不明の“ただれ”が出はじめました。なのでやんわりと、妹の持ち込むものを口にするのはやめてほしい、と説得しました。するとしばらくして、ぴたりと症状が治まったんです。私は妹が持ち込んだ健康食品が関係していると思うのですが、妹はコロナワクチンの後遺症だと主張しています」



家族以前に、なぜ医師としての立場からも「やんわり」なのか? 強くやめろと言えないのか?

それは、否定すると妹が大暴れするからなのだ。いまにはじまったことではなく、昔からだった。「妹のやることを無下に否定するとめんどくさいことになる」というのが、真子さん一家では暗黙の了解となっている。

家族がマルチオイル沼202403大学生時代はこうだ。真子さんが失恋して落ち込んでいると、妹が幾度もこうもちかけてきた。

「すごい先生のところに、復縁のお札をもらいに行こうよ。効果あるって評判なんだよ」

興味もないし、いい加減しつこい! つい怒ってしまうと、「お姉ちゃんに罵られた! 占いの先生にいいつける!」そう泣きわめき、家を飛び出してしまった。唖然と見送ることしかできない。

SNSでも大暴れ

大人になったいまでは、さらに悪化している。

ところかまわず勧誘して回るので、妹の友人が「その会社、こんな記事も出ているみたいだよ」と批判的な記事を教えることもあった。

家族がマルチオイル沼202403ところが学生時代と同じように大泣きして激高し、「クソ野郎! 何もわかってないヤツが侮辱しやがって!」と殴り込みにいく勢いで暴れた。

しかもいまは、SNSがあるのがさらに厄介だ。妹は感情とSNSが直結しているため「クソが!!」と口汚い言葉を、世界へ発信してしまう。本人がすぐに消すようだが、真子さんの友人らもそのアカウントを知っていて口汚い言葉の数々を目にしているので、恥ずかしくて仕方がないという。

子どもらのクールすぎる対応

「妹も私も結婚していまは子どもがいますが、子どもらは彼女の対応に手慣れています。否定も肯定もせず、基本スルー。そんなスキルを身につけさせてしまったことが、不憫でなりません」

家族がマルチオイル沼202403子どもたちが従妹同士でダイエットやコスメの話をしていると、「そういうときは、このサプリがオススメなのよ!」と妹がすかさず割り込んでいく。すると子どもらは「そうなんだ〜。でもいまはプチプラの話をしてるから」とやんわり逃げる。

「このドリンクを飲むとお肌がきれいになるよ!」と飲ませようとしても、「前にも飲んだけど、味が苦手」とチラリとも見ずにサッとその場を離れる。見習いたい対応である。

今年の正月も、真子さんは衝撃の瞬間に出くわした。



真子さん姉妹の実家で、集まった親戚らとリビングでくつろいでいた。そこに、ゴキブリが出たのだ。冬だというのにツヤツヤし元気そうで、なかなかのサイズ。うわー、殺虫剤か新聞紙……! 真子さんが動こうとした瞬間、先に動いたのは妹だった。

ポケットからサッと取り出したのは、マルチ会社の某エキス。

家族がマルチオイル沼202403「ほらあ! こういうときにも役立つのよ!」

妹はそう叫び、ゴキブリめがけ謎エキスをふりかける。

残ったのは甘い匂いだけ

「虫が嫌う香りがあるのは知ってるけど……。そもそも、そこそこ速い動きのゴキブリに直接かけるのはむずかしく、結局床がベトベトのエキスまみれになり、リビングに甘ったるい匂いが充満しただけでした。ゴキブリは最終的に、私の夫が捕まえて外に出しました」

AdobeStock_603899889そんなときも子どもらは、スマホの画面から目を離さずスルーを貫いていた。それほどまでに、心を閉ざしているということなのか。

母や姪を通じてつき合わざるをえない真子さんは、イヤでも頻繁に、妹の奇妙なマルチ生活が目に入ってしまう。そして、断っても断っても勧誘が止まらない。実例をいくつか紹介しよう。

あの手この手で勧誘

・子どもたちが就学前のこと。真子さんが実家で市販のお菓子を食べさせていると、それを見た妹が「こんなものを与えると偏食になる」「栄養が偏るから、どんどん飲ませなくてはならない」と、マルチの健康飲料を飲ませようとした。

家族がマルチオイル沼202403・真子さんの子どもが、小学校で不登校気味になった時期も、マルチの健康食品を使えとしきりに勧めてきた。「体が元気になって意欲が出て、学校に行けるようになる! の一点張り。もちろん使っていません」

・最近では、子どもたちの将来のビジネスの助けになる! という勧誘LINEもたびたび来る。「子どもたちには好きな道を選ばせたい、とごく当たり前の返事をしています」



・コロナ禍には、同社のドリンクを布にひたし、マスクの内側へ挟み込んでいた妹。「免疫力が高まり、新型コロナウイルスの害を撃ち消す! と主張し、私にもやたらと勧めてきました。でも妹はワクチン反対派なので、医療従事者である私たち家族は彼女に近づくことができず、商品を渡したい彼女と距離を置きたい家族一同で攻防戦でした」。

家族がマルチオイル沼202403・店でもはじめるのか? という勢いでキムチづくりをはじめる。どうやら、仕込み時にマルチの健康食品を加えているようだ。「栄養がしっかり摂れるキムチだと手渡されたものの、食べ物を無駄にする罪悪感よりマルチの食品を口にする不安が勝って、捨てました」

・妹家では年老いた愛犬のマッサージにもドッグフードにもマルチの健康飲料を混ぜていた。「すると、年老いていたとはいえ、それなりに元気に過ごしていたように見えた妹の飼い犬が、コロリと亡くなってしまったんですよね。体に負担がかかって苦しい思いをしたのではないといいのですが……。因果関係はわかりませんけど」

家族がマルチにハマったら

マルチ商法で販売される商品をめぐり、非常識なのは個人の性格の問題であり、常識的に使っているユーザーもいる、という主張もあるかもしれない。しかし、ユーザーたちが根拠のない過剰な健康効果を謳っているので、こういった妄信・暴走が出てくるのではないだろうか?

そして、身内だけに縁を切れないむずかしさ。マルチ商法のトラブル関するニュースの陰にも、こうした思いをしている人たちが、数えきれないほどいるのではないだろうか。

<取材・文/山田ノジル>

【山田ノジル】
自然派、○○ヒーリング、マルチ商法、フェムケア、妊活、〇〇育児。だいたいそんな感じのキーワード周辺に漂う、科学的根拠のない謎物件をウォッチング中。長年女性向けの美容健康情報を取材し、そこへ潜む「トンデモ」の存在を実感。愛とツッコミ精神を交え、斬り込んでいる。2018年、当連載をベースにした著書『呪われ女子に、なっていませんか?』(KKベストセラーズ)を発売。twitter:@YamadaNojiru