能登半島地震では、輪島の伝統産業・輪島塗にも大きな被害をもたらしました。
輪島塗の製造・販売をする人を「塗師屋」と呼びますが、伝統産業の未来を考えながら奮闘を続ける若き後継者がいます。
復興へ、塗師屋の意地です。
地震から2か月あまりがたった3月5日の輪島市。大仕事を前に、塗師屋の顔は引き締まっていました。
創業200年以上、田谷漆器店の代表・田谷昴大さんです。
田谷漆器店・田谷昴大さん(1月8日)「2階建て…です」
地震発生から1週間後、田谷漆器店の工房は1階部分がつぶれたままの状態でした。
田谷昴大さん(1月8日)
「形のあるものは全部なくなってしまったが、作る職人はみんな元気。僕らもやる気さえあれば復興できるなと思っている。でもまだやっぱりこれが現実には思えないところもどこかあって」
お客さんからの励ましもあり、早くから復活を誓っていたものの、複雑な胸中を見せていた田谷さん。
2か月あまりがたっても工房の様子は大きく変わっていませんが、田谷漆器店は着実に新たなステージに向かっていました。
3月5日に行っていたのは、東京で開催されるイベントの出店に向けた荷造りでした。
倒壊、損壊した工房や事務所から取り出すことができた輪島塗のお椀やぐい呑みなどを梱包します。
田谷昂大さん
「地震後初のお客様の前に出る展示会イベントなのですごく楽しみなのと、大丈夫かなという不安と。輪島塗のお椀もうちのお椀だけじゃ足りなかったので、ほかの漆器屋から50個ほど買っている」
出店ブースでは、輪島塗のほかにも購入した能登のお酒や食べ物も販売します
イベントに向けて、田谷漆器店に頼もしい助っ人が加わりました。企業の経営コンサルタントなどを手がける森岡龍太さんは、田谷さんの高校の先輩にあたり、経営者の勉強会で意気投合。
田谷漆器店の特別職「復興課長」の肩書で、東京での仕事に取り組みます。
森岡龍太さん
「輪島塗、能登の未来を考えていたのでその熱意にほだされて、横からちょっかい出すみたいにかかわっていた「販路どうやって拡大しとるの?」みたいな」
田谷昂大さん
「一緒に1回展示会に行くことで、僕に見えないものもあると思う」
2日後の3月7日、イベントを翌日に控え、田谷さんはホテルの一室で仕事です。
田谷昂大さん
「東京に来そうな人全員に声かけをしようと思ってまして。(何十人?)たぶん100超えると思う」
パソコンやスマートフォンを駆使し、直接電話もかけるなどして営業活動を進めます。商売に取り組む塗師屋の顔です。
田谷昂大さん
「(会社に対する周りの見え方とか、そんなことを考えることは?)早く動いていいのかどうなのか、僕もいまだにわからなくて何が正解かわからないんですけど、無理やり通常運転に戻してますね。でも、とても大事な気がします」
イベントの前夜、東京ドームそばのホールでブースを作ります。
展示会は重労働と話す田谷さん。準備は夜遅くまで続きました。
3月8日から13日まで6日間の日程で開かれた「ご当地よいどれ市」
全国各地から自慢の酒やグルメが集まりました。
日本全国からおよそ70店舗が出ているよいどれ市ですが、石川県からは3つが出店しています。日本酒を取り扱うお店や能登かきを販売するお店、そして田谷漆器店のブースではバリエーション豊かな輪島塗が並んでいます。
輪島から運ばれてきた日本酒や食べ物も並び、さらに沈金職人の実演コーナーも設けられました。
輪島塗のぐい呑みで、能登の地酒を飲んでもらうサービスを提供した田谷さん。
ここに、ある作戦が隠されていました。
田谷昂大さん
「輪島塗のぐい呑みなので高価。みなさんに「どうぞ持っていって飲んでてください」という風に言えなくて、目の前で飲んでもらうと少し繁盛しているお店に見えるので、それも工夫のひとつ」
ぐい呑みでの日本酒を頼んだお客さんは、しばらくとどまります。そして、輪島塗のお椀で味噌汁をじっくり味わうお客さんも。
輪島塗も売れていきます。
買い物客
「旅行に行ったときたまたま(田谷漆器の)工房に行って。できる限り、訪れるしかできないですけど」
「地震があった直後にふるさと納税とかで応援できないかと言ってたが、すぐ売り切れて全然買えなかった。箸ほしいなと思って来ました」
田谷昂大さん
「初めて知る方、「輪島塗こんな高いの?」と言われる。そこも含めて知ってもらえれば。値段の後ろにある製造工程や使っているものも。値段が高いのを入り口に知ってもらえれば」
復興課長の森岡さんも、初体験の展示会での接客に奮闘していました。
森岡龍太さん
「東京という熱気のあるところで、能登に触れていただく機会を作れた」
田谷昂大さん
「参加してよかったです。能登にも注目してもらえるし、使ってもらえる。非常にこのイベントの魅力だと思う」
日本各地をめぐる商売を再開させるスタートとなった東京での出店。
輪島の伝統産業の復興という未来を描きながら、塗師屋は歩みを進めます。