米国アカデミー賞の視覚効果賞も受賞して映画「ゴジラ−1.0(マイナスワン)」が脚光を浴びる中、撮影の舞台となった岡谷市の旧市役所庁舎にも注目が集まっている。1936(昭和11)年に当時最高の建築技術と資材を注いで完成し、蚕糸産業の繁栄と第二次世界大戦、さらに映画作品中の終戦間もない時代の”生き証人”でもある。市は今年、長年の懸案だった耐震化の補強工事を行う。施設各所の経年劣化も進む中、地元関係者の間では「『ゴジラ熱』が冷めないうちに活用の道づけ、修復実現を」との声も挙がっている。

 ■高い建築技術 製糸業が支え

 ある市職員は「岡谷市が生まれた場所。あの建物なしに今の岡谷はない」と言う。世界恐慌で行き詰まった村政、人心の一新を図ろうと市制を目指す際、施行には庁舎建設が必須とされた。多額の建築費に窮する村に製糸家の尾澤福太郎が手を差し伸べた。工事費は今の貨幣価値で6億円ともいわれる。

 鉄筋コンクリート造りの2階建て(延べ床面積は約1550平方メートル)、県営繕課の三苫繁實氏が設計し、岡谷組(本社同市)が建設した。当時は珍しい水洗トイレ、全館集中暖房も導入され、諏訪で震度6を記録した昭和東南海地震も耐えた堅牢さにも建築技術の高さが表れている。

 外壁タイルは丸千組(現伊那市高遠町)が製作した。明治〜昭和30年代まで窯業し、片倉館(諏訪市)や旧上伊那図書館(現伊那市創造館)のそれも手掛けている。同社は製糸用陶製鍋の生産で製糸機械の大型化を支えた先駆の業者とされる。三つの建物はいずれも製糸家が地域のために財を投じて造っており、シルクが結ぶ諏訪〜上伊那のつながり、製糸産業の力強さが見て取れる。

 ■気運盛り上げ まず耐震補強

 市は、厳しい財政運営の将来予測の中であまたある公共施設の管理を見直す際も、旧庁舎は「長寿命化して保存」と方針と固めている。2022年度からは耐震補強の施工準備も進めてきた。ただ、修復となれば巨費を要する。今は館内の一部におかや文化振興事業団、国際交流センターを置くが全館のあり方、使途については白紙だ。

 保全に向けて動きも出てきた。強く後押しするのは岡谷組だ。「現存する最古の、自社の技術力と心意気を誇る代表建築」(野口行敏社長)と深く思い入れ、20年の創業百年を機に毎年、旧庁舎保全費として1千万円の寄付を続けている。市は篤志金で基金を創設し、広く市民からも寄付を募り始めた。

 そこへ吹いた『ゴジラ旋風』は、「千載一遇のチャンスをくれた」と野口社長は身を乗り出す。映画では館内のさまざまな場所がストーリーの肝となる場面で多用された。上映記念に行った内部の特別公開には700人超の申し込みがあり、今も見学の希望が寄せられている。

 野口社長は「全国から注目を集める今こそ支援の機運も盛り上がる。市民の理解を得ながら先の保全計画を立てたり、クラウドファンディング(CF)で資金を集めたりと重層的な工夫で修復の実現を目指してほしい」と期待を込める。市もこの機を捉え、旧庁舎の価値を生かしたふるさと納税返礼品のメニュー考案に乗り出すなど「できることから」と前を向く。

 ■使途の方向性定める議論を

 建築士としても同庁舎に長らく携わる市文化財保護審議会の宮坂正博会長は、「屋根から窓、床、構造まで修繕が必要で費用的に容易ではない。貴重だというだけでは文化財の保全は難しい」と現状を踏まえつつ、「まずは市民公募の委員会など組織を立ち上げ、住民の意見をくみながら、『この先何に使うのか』の方向性を定めることから始めてはどうか。とにかくスピード感が大事」と議論の開始を提言している。