アメリカのレースファンは、いつの時代も“強くて速いライダー”が大好きである。2013年のサーキット・オブ・ジ・アメリカズ(COTA)で、モトGPクラスにデビュー2戦目にして史上最年少記録で初PP・初優勝を達成したマルク・マルケスは、アメリカのファンにとって偉大なヒーローのひとりである。

 マルケスはアメリカラウンド(アメリカズGP、USGP、インディアナポリスGP)でデビューから10連勝を達成。合計13戦して11勝という驚異的な勝率を誇っている。そしてアメリカズGPでは18年まで6連覇を達成した。

 だが、19年に転倒リタイアすると、20年はコロナ禍で開催中止。21年に7勝目を挙げたが、22年はホンダのマシン低迷で6位。昨年は怪我のために出場できず、マルケスファンにとっては寂しい時期が続いた。しかし、今年はドゥカティに移籍して「強いマルケス」が復活しつつあり、その熱い走りにファンは一喜一憂することになった。

スプリントで見せた速さ

 土曜日に行われた予選は今季ベストグリッド獲得の3番手。その後に行われた10周のスプリントでは、今季初PPから快走したマーベリック・ビニャーレスを追撃して2位でフィニッシュ。優勝こそ果たせなかったが、レース後のセレモニーではアメリカのファンの声援の中、壇上に現れたヒップホップの歌い手に合わせダンスを披露するファンサービスで大いに盛り上げた。

 絶対王者として君臨した時代を彷彿させるパフォーマンスにアメリカのファンも大喜びで、気分の乗ってきたマルケスが日曜に行われる20周の決勝レースでどんな走りを見せるのか、ドゥカティ初表彰台・初優勝を達成するのだろうかと期待は膨らむばかりだった。

 迎えた決勝レース、フロントロースタートのマルケスは1コーナーで押し出される格好でやや遅れるも、1周目を4番手で戻ってきた。5周目には先行するディフェンディングチャンピオンのフランチェスコ・バニャイアと驚異の新人ペドロ・アコスタをかわして2番手に浮上。

 その後、アコスタと何度かポジションを入れ替えながら、10周目にはトップを走るホルヘ・マルティンをアコスタに続いてパス。11周目には首位に立ったアコスタを抜き、このレースで初めてトップに立つと、ひときわ大きな声援がサーキットに響いた。

 しかし、その歓声はほどなく落胆の声に変わった。COTAでもっとも厳しいブレーキングを要求される下り坂からの11コーナーのブレーキングで、マルケスがフロントブレーキをロックさせ転倒してしまったからだ。

 この瞬間、ドゥカティ初優勝もCOTA8勝目の期待も消滅。コース上では、クラッチトラブルでスタートに失敗したビニャーレスが追い上げてきて、アコスタとの熱いバトルを繰り広げたが、マルケスのいない優勝争いはアメリカのファンにとって物足りなかったに違いない。

マルケスには珍しい転倒の原因

 マルケスの転倒の原因は熱によるブレーキトラブルだった。フロントブレーキのトラブルとして珍しいことではなく、対策としてライディング中にブレーキレバーを調整する仕組みも備えられているが、マルケスが転倒した11周目の11コーナーでは、フロントブレーキのレバーがハンドルグリップを握る指に当たるまで深くなっていた。そのため最初のブレーキングで止まりきれず、仕方なくブレーキを握り直したらブレーキがロックしてフロントからスリップダウンしたという。マルケスとしては珍しい「握りゴケ」による転倒だった。

「今日はいい走りが出来ていたけど、フロントブレーキのことばかり考えていた。タイヤに関しては、前日のスプリントを終えたときに(リアに)ソフトは厳しいと思っていたし、グリッド上でマーベリックもアコスタもミディアムを選んでいた。自分もミディアムの方がいいのかもと思ったが、他のドゥカティ勢がみんなソフトを選んだので、彼らの経験を信じることにした。今大会、転倒リタイアに終わったことにストレスは感じるけど、でも、そういう状況でもトップに立てたから良かったよ」

 ハードブレーキングを得意とするマルケスだが、この日はブレーキングに冴えがなかった。
COTAはハードブレーキングのポイントが多く、ブレーキの温度が上がりやすい。加えて、スタートの遅れによりライバルたちの後ろを走ることが多かったことも温度上昇につながったのだろう。

 今大会のマルケスは金曜日のフリー走行で8番手、プラクティスで3番手とマシンの安定性に苦戦。予選では今季初フロントローの3番手を獲得したが、得意とするCOTAでの速さは見られなかった。スプリントの2位もミスが多くフラストレーションの溜まる戦いとなり、決勝レースも問題を抱えて厳しい走りを強いられた。しかし、熱い走りで首位に立ったところはさすがマルケスであり、優勝争いのなかで攻めの走りをするマルケスがやっと戻ってきたという印象だった。

ドゥカティを追撃するヨーロッパ勢

 ここまで3戦を終えて、昨年2位のホルヘ・マルティンが80点獲得して総合首位。エネア・バスティアニーニが59点で総合2位とドゥカティ勢が上位を占めているが、アプリリアのビニャーレスが56点、KTMルーキーのアコスタが54点、3連覇を狙うバニャイアが50点と続いている。

 アメリカズGPはリタイアしたものの現在36点で総合8位につけるマルケスは、これからの戦いをこう占った。

「マーベリックは昔から速かったし、今日のようなレースを続けていければ、当然チャンピオン候補のひとりとなる。ペドロは並外れた才能の持ち主であり、近いうちに彼が優勝するのは間違いない。でも、グランプリの本番はこれから。第4戦スペインGPから本当の戦いが始まると思うよ」

 次戦スペインGPは、20年にマルケスが右腕上腕を骨折し、以来、タイトル争いから遠ざかってしまうことになったヘレスでの開催となる。このサーキットでマルケスが果たしてどんな走りを見せるのか。絶対王者の復活を占うレースとなりそうだ。

文=遠藤智

photograph by Satoshi Endo