井上尚弥とネリの一戦は、専門家から見ればやはり...... photo by Yamaguchi Finito Hiroaki/AFLO

 マイク・タイソンが初黒星を喫した1990年の"世紀の番狂わせ"以来、実に34年ぶりのボクシング世界戦における東京ドーム決戦が間近に迫っている。

 5月6日、井上尚弥とルイス・ネリ(メキシコ)の間で行なわれる世界4団体スーパーバンタム級タイトル戦に世界中のボクシング関係者の視線が注がれる。圧倒的優位の前評判どおり、井上がネリに力の差を見せつけるのか。それともかつて山中慎介を2度にわたってKOし、同時に計量オーバー、薬物違反でしばらく日本での無期限出場停止処分を告げられていた"悪童"ネリが再び日本のエースの前に立ちはだかるのか。

 楽しみな一戦はアメリカでの注目度も高い。そこで今回は軽量級に精通する5人の在米ベテラン記者に3つの質問をぶつけ、試合の行方と"モンスター"の今後を占ってみた。

【タイトルマッチ概要】
WBC、WBAスーパー、IBF、WBO世界スーパーバンタム級タイトルマッチ12回戦

5月6日@東京ドーム

◆世界スーパーバンタム級4団体統一王者
井上尚弥【大橋/31歳/26戦全勝(23KO)】

◆元WBC世界バンタム級、 スーパーバンタム級王者
ルイス・ネリ【メキシコ/29歳/35勝(27KO)1敗】

【パネリスト】
◆マルコス・ビレガス(『Fight Hub TV』の創始者、インタビュアー。ラスベガス在住。かつて地上波FOXのボクシング中継で非公式ジャッジを務めた
X(旧Twitter) : @heyitsmarcosv

◆マーク・エイブラムス(フィラデルフィア在住のボクシング記者、編集人、広報。ボクシングウェブサイト『15rounds.com』を運営する
X(旧Twitter): @MAbramsboxing

◆ショーン・ジッテル(『FightHype.com』のレポーター。ラスベガス在住。ビデオグラファーとしては史上初のBWAAメンバーとして認められた)
X(旧Twitter) : @Sean_Zittel

◆ライアン・サンガリア(リングマガジン『The Ring』のライター。フィリピン系アメリカ人。ニュージャージー州のジムでトレーナーも務める
X(旧Twitter) : @ryansongalia

◆ライアン・オハラ(『NY Fights』、『FightsNights.com』のライター。コロラド州在住。ていねいな取材に裏打ちされた流麗な記事を執筆する
X(旧Twitter) : @OHaraSports

1. 井上対ネリのマッチアップをどう思うか?

ビレガス : スタイル的にファンが喜ぶ種類のマッチアップだ。ネリは軽量級でも強打者と呼べるパンチャーであり、攻撃的な選手。井上が相手でも果敢に攻め込むだろうし、見ていて面白い戦いになるとは思う。ただ、ネリはディフェンス面では多くの弱点があり、井上はより完成されたボクサー。ネリは強打者ではあるが、井上は怪物的なパンチャーであることも大きなポイントになる。

エイブラムス : 非常にエキサイティングなタイトル戦になる。井上は才能の面ではネリを大きく上回っているが、それでもスタイル的に面白い組み合わせであり、ネリは試合が続く限り面白い戦いにしてくれるはずだ。ただ、ネリはディフェンス面では隙が多く、世界最高級の攻撃力を持つ井上が相手では、やはり分が悪いと思う。勝負はおそらく中盤までに決着がつくのではないか。

ジッテル : ファンを喜ばせる良いカードだと思う。井上はもうスーパーバンタム級でやるべき仕事をやり終えており、それでもこの階級で戦い続けるなら、実力、実績ある選手と対戦しなければ意味ない。ネリはそれらの要素をクリアしている。同時に今では日本国外でも多くのファンがネリと日本ボクシングの間の因縁を理解している。ネリは滅多に敵意を剥き出しにしない日本のファンを怒らせてきた。ノニト・ドネア(フィリピン)は井上戦後にスタンディングオベーションを受けたが、ネリはそうはならないことが容易に予想できる(笑)。

サンガリア : 井上は、すでに日本史上最高級のボクサーという地位を確立させた。母国の仇敵ネリを下すことで、より大きな存在になるだろう。ネリは薬物の恩恵や体重の優位がなければ世界王者になれなかったかもしれないし、山中慎介は殿堂入りしていたんじゃないかと思う。JBCがネリの出場停止を解除したのは、井上がネリに制裁を与えてくれると信じたからだろう。

オハラ : 最初にパワーアドバンテージを印象付けた選手が主導権を握る。両選手が積極的な戦い方をすると思うが、打ち合いを制するのは井上のほうだろう。

2. 試合予想は?

ビレガス : 7、8、9ラウンドのどれかで井上がKO勝ちを飾ると見る。

エイブラムス : 井上が4、5、6回でKO勝ちを飾る。前半で決着がつくだろう。ネリは2021年のブランドン・フィゲロア(アメリカ)戦ではボディにパンチを浴びて討ち取られた。その時と同様、東京ドームで井上の前に沈むと思う。

ジッテル : 井上がKO勝ちすると思う。井上は素晴らしいパンチャーであり、そのパンチは顔面、ボディの両方に正確だ。ネリにとってのカギはフルラウンドでも戦えるコンディションを整えることだが、フィゲロア戦ではボディでKOされているのは、ご存知のとおり。井上は現役最高級のボディパンチャー。ネリのキャリアで初めて、打ち合いのなかで明白に打ちのめされるだろう。

サンガリア : 井上にとってのカギは、技術の高さに裏打ちされた普段どおりのボクシングをすること。井上は飛び抜けたボディパンチャーであり、ネリはボディ攻めで倒された経験がある。私は井上の5回以内でのKO勝ちを予想する。ネリが勝つとすれば、別の対戦相手を選んだ時だ。

オハラ : 井上の8回TKO勝ち。

3. ネリ戦も勝ち抜くと仮定し、
今後、井上を苦戦させるとすればどんな選手なのか?

ビレガス : 井上を苦しめるのはフェザー級、スーパーフェザー級のボクサーではないか。サイズで上回り、その強打を浴びても致命的なダメージを受けない選手だ。井上はもちろんさまざまな面で優れたオールラウンダーだが、やはりそのパワーが決め手になっているように思えるだけに、パワー以外の面で勝負する必要が出た時に付け入る隙が出てくる。だからサイズ面で限界を迎えるか、あるいは年齢的に衰えが出始めた頃に落とし穴が見えてくる。クレイジーと思えるかもしれないが、個人的には一部で話題になった3階級制覇王者、元WBA世界ライト級王者ジャーボンテ・"タンク"・デービス(アメリカ)との対戦がやはり見てみたい。130パウンドのキャッチウェイトでそのマッチアップが実現すれば、私は井上を熱狂的にサポートすることだろう。

エイブラムス : スーパーバンタム級に井上を苦しめる選手がいるとは思わない。苦戦するとすれば、今後、階級を上げ続け、体重の壁にぶつかった時。その時の相手が誰になるかはわからない。フェザー級に昇級したとして、そこに階級の壁が存在するのかどうかが近未来の最大の注目ポイントとなるのだろう。

ジッテル : 同じサイズで彼に勝てる相手がいるとは思わない。また、フィゲロアのように大きくても、被弾傾向にある選手では勝てないだろう。危険になるのは、下の階級から上がってきた選手ではなく、スーパーバンタム、フェザー級からキャリアを開始した上でその階級で戦っている選手たちだ。たとえばWBA世界フェザー級王者レイモンド・フォード(アメリカ)。フォード対井上戦は面白かったはずだが、フォードはフェザー級で長くは戦わないのが残念ではある。個人的には好戦的で身体能力に恵まれたブルース・"シュシュ"・ケアリントン(アメリカ/フェザー級で戦う27歳。現在11戦全勝・7KO)の成長を楽しみにしており、18〜24カ月後くらいにアメリカにおける井上の好敵手になるポテンシャルは秘めていると思う。下の階級から上げてきた選手で、井上との激突が興味深そうな例外を挙げるなら、極めて長身の現WBC世界バンタム級王者・中谷潤人(M.T)くらいか。

サンガリア : 井上を苦しめるとしたら、大きく、若い選手だ。それは"モンスター"が階級を上げすぎた時に起こる。現在戦っている階級では今現在、苦戦しそうな相手は見当たらない

オハラ : 井上をトラブルに陥らせるのは3階級制覇王者エマヌエル・ナバレッテ(メキシコ/現WBO世界スーパーフェザー級王者)のようなタイプだと思う。ナバレッテは長身でリーチが長く、しかも変則的だ。ナバレッテが階級を上げてしまった今では現実的ではないが、まだ体重を落とせるなら、対戦を見てみたい。

著者:杉浦大介●取材・文 text by Sugiura Daisuke