能登産の米に、能登自慢のカニやフグ、牛肉を盛り、能登の器と箸で楽しむ――。石川県の奥能登4市町(輪島市、珠洲市、穴水町、能登町)で生まれたそんな「能登丼」が、能登半島地震で存続の危機に立たされた。地域の魅力が詰まった丼(どんぶり)の火を消すまいと、能登の飲食店が福井市内で店を開き、新たな挑戦を始めた。

 朱色の輪島塗の器に、輪島産のご飯をよそい、能登牛のステーキとすき焼きを手際よくのせていく。日向文恵さん(65)は「ぜいたくでしょ」と笑った。

 輪島市町野町で経営していたカフェ「木の音(こえ)」で提供していた看板メニュー「能登牛贅沢(ぜいたく)丼(どん)」だ。能登豚を使った丼もあり、海の幸にとどまらない能登の食の魅力を伝えてきた。

 ただ、元日の地震で店舗は倒壊。1月中旬に金沢市へ避難し、さらに次女が暮らす東京都内へ。1月末からは都営住宅に移り、夫と長男と避難生活を送っていたが、能登丼のことが頭から離れなかった。

 能登丼は、最大震度6強を観測した2007年3月の能登半島地震で観光客が減ったことを受けて考案された。能登丼事業協同組合をつくり、各店舗を紹介するパンフレットを作成し、力を合わせてきた。元日の地震前には42店舗が提供。事務局長の水元圭介さん(46)は「年間数千食売れる人気店も誕生した」と話す。

 ただ、地震にともなう火災で建物が全焼して再建を断念した店や、避難所の弁当づくりに携わり、再開どころではない店もある。現在営業しているのは2店舗のみで能登丼が消える危機感が広がっていた。

 その窮地に声をかけたのが、北陸新幹線の金沢―敦賀延伸に合わせて福井駅前に開業した再開発ビルのフードホール「MI(ミ)NI(ニ)E(エ)」の運営者だ。駅西口から徒歩2分の場所にあり、周辺は延伸の効果で関東や関西などからの観光客でにぎわっている。

 協同組合の役員で話し合い、能登丼の魅力を再発信する好機と捉え、組合で店舗を借りた。たとえば1カ月交代で店を出せば、来店する人にもいろんな味を楽しんでもらえる。そのトップバッターが日向さんだ。続く店も三つある。

 一方で調理器具の調達や出店期間中の宿泊費などがかさむことから、クラウドファンディングで支援を募ることも検討しているという。

 日向さんは「みんなで作り上げたブランドを守るにはやるしかない」と前を向いている。能登牛贅沢丼は3800円、能登沖海鮮丼は3千円、能登豚ハイカラ丼は1850円(いずれも税込み。小鉢、汁物付き)。(長屋護)