ポルシェのLMDhファクトリーモータースポーツ・ディレクターを務めるウルス・クラトルは、2024年上半期に現在のパワートレイン構成を維持する理由を複数挙げたうえで、今季のル・マン24時間レースが終わるまで『ポルシェ963』に新しい90度クランクシャフトを導入しない予定であることを明らかにした。

 ポルシェは、昨季2023年にWEC世界耐久選手とIMSAウェザーテック・スポーツカー選手権の両チャンピオンシップで新型LMDhカー『963』をデビューさせたが、このクルマは信頼性の点で難があった。そのためドイツのメーカーは共通ハイブリッドシステムの問題を克服するべく、エンジンの振動を軽減させる新しいクランクシャフトを開発した。

 しかしクラトルは、先月末にアメリカ・フロリダ州で開催されたIMSA開幕戦デイトナ24時間レースで、出場した4台すべてのクルマがトップ6フィニッシュしたことで証明されたように、ボッシュが供給するMGUユニットに今年からハードウェアのアップデートが施されたことが、963の信頼性を高めているようだと明かした。

 これに加えてWECを運営するFIA国際自動車連盟とACOフランス西部自動車クラブは、ル・マンまでに2レース分のデータを取得し、BoP(バランス・オブ・パフォーマンス=性能調整)を向上させるため、各種アップデートを第2戦イモラまでに導入することを義務づけている。これらを理由に、ポルシェは今年上半期にアップデートを行わないことを決めたようだ。

「我々はル・マンで(新しいクランクシャフトを)使わない」とクラトルはカタールで記者団に明言した。

「IMSAとACOの両ガバナンス組織は、ル・マンまでにクランクシャフトをどのように導入しなければならないかという明確な指標を設定している。その内容に従うと我々はル・マンまでにそれを行うことができない」

「私たちは、ル・マンとそれに先立って行われるすべての耐久レースに、従来のクランクシャフトで集中的に走ることになる。新しいものでは充分な走行距離が得られないはずだ」

 もしも、ポルシェがイモラでエンジンのアップデートを導入した場合、LMDhの規則に従い同じ週末にロングビーチで開催されるウェザーテック選手権でも同時にアップデートを行わなければならない。そうなればファクトリーカーとカスタマーカーを合わせた計9台すべてが、同時に新しいクランクシャフトを必要とすることになる。

「(本来であれば)イモラで実施する必要があっただろうが、導入を延期したことが決して悪い決断だとは言っていない」とクラトル。

「当初からガバナンス組織からの明確なコミュニケーションがあり、我々は『OK、やってみよう。それは挑戦だ』と言っていた」

「ただし、実際にはリスクが大きすぎると言わざるを得ない」

■クロスプレーン導入でエンジンサウンドに変化

 クラトルは、総合優勝を含むデイトナでの好リザルトが今年後半までロールアウトを延期するという決断を後押ししたと述べた。

「私の知る限り、すべてのIMSA GTPカーは(デイトナで)ハイブリッドシステムに重大な問題を抱えることなく走れていた」と同氏。

「デイトナで4台の963がトップ6に入ったことも、(エンジン・アップデートを)延期する決断を後押しした。4台とも完走できたということは、24時間レースを成功させることができるということだ」

 彼は次のように付け加えた。「とはいえ、我々はまだそれを導入したいと考えており、そうするつもりだ」

「ボールは我々の側にある。私たちはアップデートを導入するための新しい日程を考えなければならないし、ガバナンス組織からの境界線もあり、それに従うように努力する必要もある」

「全体的なコンセプトが決まれば、またIMSAとACOのもとに行く必要がある。新しい日程を伝えるためにね。導入が許可されるかどうかにかかわらず、彼らはそれを承認する必要があるが、ほとんど許可されると信じている」

「それから、すべてのカスタマーのエンジン、すべてのスペアエンジンなどを新しいクランクに変更することになる。その時期はまだ決まっていない」

 このアップデートにより、おそらく“EVOジョーカー”が使用されることになるだろうと語ったクラトルは、4.6リットルV型8気筒ツインターボエンジンにおいて、現行の180度フラットプレーンクランクに代わる90度クランクの採用により、エンジンサウンドが明らかに変わったことを明らかにした。

「(エンジン)ブロックは同じだ」と彼は説明した。

「クランクシャフトを交換し、ふたたび取り付けるだけで完了だ。いくつかのソフトウェアはこれに関係している」

「ダイノで聞いた限りでは、良い音だった。おそらく今はより典型的なポルシェサウンドになっていると思うが、良くも悪くもサウンドは変化するだろう」