ジェッダ・コーニッシュ・サーキットを舞台に行われた2024年第2戦サウジアラビアGPは、マックス・フェルスタッペン(レッドブル)がポール・トゥ・ウインで通算56勝目を飾りました。今回は急遽F1デビュー戦を迎え、7位入賞を果たしたオリバー・ベアマン(フェラーリ)と角田裕毅(RB)の戦いぶりについて、元F1ドライバーでホンダの若手ドライバー育成を担当する中野信治氏が独自の視点で振り返ります。

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 サウジアラビアGPはフェルスタッペンがポール・トゥ・ウインでしたが、このグランプリのもうひとりの主役は間違いなく、虫垂炎となったカルロス・サインツの代役としてフリー走行3回目(FP3)からフェラーリのステアリングを握った18歳のイギリス人、オリバー・ベアマン(フェラーリ・リザーブドライバー)でした。

 ベアマンは、2023年にフェラーリとハースからFP1に出走した経験はあるものの、フェラーリの2024年型マシン『SF-24』に乗ったのは今回のFP3が初めてでした。前日までFIA F2で戦って、予選でポールポジションを獲得いていたとはいえ、満足な準備もないなか、F1で超高速のジェッダ・コーニッシュ・サーキットに挑むのは簡単なことではなかったでしょう。

 そんな状況下でも、確実に自分自身をF1にアダプト(適合)させる落ち着きと対応力を見せており……予選日からただ者ではないことはよくわかりました。決勝に関しては周りがスタートタイヤにミディアムタイヤを選ぶなか、ベアマンにソフトを履かせたフェラーリは、賢いストラテジーを選んだと感じますね。

 混戦となる序盤、他車と同じミディアムタイヤで必死になって前車を追いかけるよりも、余裕のあるソフトタイヤでミディアム勢を抜いて前に出たうえで、早めにタイヤ交換をし、ハードタイヤを装着時した第2スティントは渋滞のないクリーンエアのなかで走らせるという作戦は、新人にとって一番やりやすい作戦だったと思います。

 決勝序盤に前車の後ろを走るベアマンは、前車が巻き起こすダーティエア(乱気流)のなかでの、F1マシンのコントロールに結構苦しんでいたように見えました。ただ、ランス・ストロール(アストンマーティン)のクラッシュに伴うセーフティカー(SC)明けに見せた裕毅へのオーバーテイク、そしてそこからの走りは実に素晴らしかったですね。

 終盤、ソフトタイヤに履き替えたランド・ノリス(マクラーレン)とルイス・ハミルトン(メルセデス)が後方から迫るなか、ベアマンは体力的にも厳しいなか、自分のペースを乱すことなく、冷静に7位チェッカーまでクルマを持っていきました。

 ベアマンは落ち着いていたと先ほども記しましたが、とはいえ初めてのF1ですから、あらゆる面で初めての感触や驚きがあったと思います。そこから、レース中にもF1の経験とF1に対する自信を深めたようなベアマンの走りは、見事というひと言に尽きる走りで、サインツの代役としては120%の仕事ぶりを見せたと思います。

 ベアマンの走りを見て、今のFIA F2ドライバーのレベルの高さを再認識しましたし、また今FIA F2に参戦中のドライバーにとってもベアマンのF1での活躍はモチベーションアップにつながり、ポジティブな影響を与える結果となったと思います。昨今のF1ではドライバーの起用にあたりベテラン勢が重視される傾向にあります。今回のベアマンの好走ぶりは、そんなベテラン重視の傾向から『新人を積極的に起用しよう』という傾向に戻るきっかけにつながるかもしれませんね。

 ただ、FIA F2に参戦しているすべてのドライバーがベアマンのような仕事ができるというわけではなく、ベアマンだからこそ7位という結果をフェラーリに持ち帰ることができたのだと私は思っております。

■RBの悩み、宮田莉朋の苦戦、SF開幕

 今回、裕毅は予選で9番手と、力強い走りでQ3進出を果たしました。開幕戦バーレーンGPでさまざまなことが起きて注目を集めている中で迎えた翌戦に、予選からきっちりと結果を出してチームメイトのダニエル・リカルド(予選14番手)の前にいることは、裕毅自身の能力を示すために非常に重要だったと思います。決勝もリカルドの前であり続けたことも素晴らしかったですし、チームも評価しているのではないでしょうか。

 RBのマシンは予選で一発のタイムを出すことができましたが、決勝ではロングランのペースに悩まされていました。前車の背後についてもオーバーテイクには至りにくいということで、ストレートスピードを確認しましたが、RBのストレートスピードは極端に遅いわけでもありませんでした。ストレートスピードは出ているからこそ、超高速のジェッダでRBも予選Q3に入れている。ただ、決勝に関してはダウンフォース量も少なく、予選で見せたストレートスピードを活かすことができず、タイヤのデグラデーション(性能劣化)もかなり大きかったように見えました。

 どのようなセットアップだったのかは定かではありませんが、私には少し予選重視のクルマ作りになっていたように見えました。それはRBが意図したものではなく、結果的にそうなってしまっているという感じです。FPの段階からタイヤのデグラデーションが厳しいことはわかっていたので、決勝での苦戦はある程度予想できていました。そこをRBがいかに乗り越えるかという点で注目していましたが、決勝でも解決には至っていませんでした。

 また、決勝については裕毅自身、もう少しやれた部分はあったと感じているようです。今回のレースでの経験を、また次に活かしてほしいと思います。

 さて、今回もDAZNではFIA F2についても解説させていただきました。開幕戦で入賞した宮田莉朋選手(ロダン・モータースポーツ)は、今回かなり苦戦していましたね。

 日本のレースでは市街地レースの開催がないため、宮田選手にとって壁に囲まれた中でのレース経験は、F3マカオGPくらいであまり多くはなかったかと思います。壁に囲まれ、ミスに対する許容範囲が狭い市街地コースならではの攻め方、週末の進め方を求められるなかで、マシンの限界を掴むまで時間がかかってしまったという印象です。

 ただ、フィーチャーレース(決勝レース2)後半はファステストラップ争いも繰り広げ、マシンの限界を引き出す走り方をだいぶ掴んでいたように見えました。次戦の舞台はオーストラリアのアルバート・パーク・サーキットと、また壁に囲まれた半公道コースになります。ただ、アルバート・パークはジェッダよりも路面ミュー(摩擦係数)が低いサーキットとなりますが、私の経験上は、ジェッダほど難しいコースではないのかなと考えています。そのため、アルバート・パークでは宮田選手本来の速さを見せられるレースになるかもしれません。同じ日本人として、引き続き期待したいです。

 また、日本では全日本スーパーフォーミュラ(SF)選手権が開幕し、野尻智紀(TEAM MUGEN)がいいレースを見せてくれました。ああいった展開になると野尻は強く、まさに横綱相撲でしたね。予選4番手の佐藤蓮(PONOS NAKAJIMA RACING)も好スタートを決めて表彰台のチャンスはあったと思いますが、ストラテジーの部分で涙を飲むことになりました。

 そして、岩佐歩夢(TEAM MUGEN)も2年間のFIA F2を経て、SFデビューを迎え9位に入りました。今回の開幕戦ではセットアップの進め方など、日本での仕事のやり方という部分で思うところがあったようでしたが、次回に向けてすでに解決策をかなり見つけているようです。

 SFを筆頭に国内のモータースポーツも次々と開幕を迎えます。F1、FIA F2と同じく、国内の戦いにも引き続き注目ですし、見る側としてもいろいろと忙しい季節がやってきたなとも感じます(笑)。

【プロフィール】
中野信治(なかの しんじ)
1971年生まれ、大阪府出身。無限ホンダのワークスドライバーとして数々の実績を重ね、1997年にプロスト・グランプリから日本人で5人目となるF1レギュラードライバーとして参戦。その後、ミナルディ、ジョーダンとチームを移した。その後アメリカのCART、インディ500、ル・マン24時間レースなど幅広く世界主要レースに参戦。スーパーGT、スーパーフォーミュラでチームの監督を務め、現在はホンダレーシングスクール鈴鹿(HRS)のバイスプリンシパル(副校長)として後進の育成に携わり、インターネット中継DAZNのF1解説を担当。
公式HP:https://www.c-shinji.com/
公式Twitter:https://twitter.com/shinjinakano24