春の風物詩、選抜高校野球大会が開催されている。今年は創設100年の節目の大会。高校野球は長い歴史の中で数多くの名勝負やスター選手を生み、日本独特のスポーツイベントとして高い人気を誇る一方で、過酷な試合日程や選手の成長より目先の勝利を重視する「勝利至上主義」が批判の対象にもなってきた。近年は大会期間中の休養日の増加や、投球数制限など変革の動きも見られる。一発勝負というトーナメントのドラマ性が魅力となってきた高校野球にリーグ戦を取り入れる試みも広がりつつあり、高校野球の選手育成の在り方に一石を投じている。

「選手の未来」のためのリーグ戦

「Liga Agresiva 」(リーガ・アグレシーバ、以下LIGA)は全国各地で地域ごとに展開されているリーグ戦だ。2015年に大阪の6校で発足し、現在は約170校まで参加校が増えた。昨年夏の甲子園を制した神奈川県の慶応高校も名を連ねている。公式サイトは「『選手たちの未来にフォーカスした』リーグ戦形式の取組」と解説し、「選手及び指導者の成長や可能性を引き出すことで、日本における野球の社会的価値の向上を目指します」と理念を謳っている。

 LIGAを運営するNPO法人の理事長、阪長友仁氏はこの春の選抜の開幕直前の3月15日に、大会主催社である毎日新聞のオピニオン欄で取り上げられた。

 LIGA自体は高野連が開催する大会とは別の活動で、春夏の甲子園につながるわけではないが、高校野球界で徐々に存在感が増している様子がうかがわれる。阪長氏は新潟明訓高校で夏の甲子園に出場、立教大では主将を務めた経歴の持ち主だ。毎日新聞の紙面では「高校野球は高校生のその後の人生を豊かにする価値のあるものでなければならない」と熱く信条を語っている。

才能を埋もれさせない

 なぜ、リーグ戦を行うことが「選手たちの未来にフォーカス」することになるのだろうか。

 高校野球に精通するジャーナリストが説明する。

「リーグ戦で試合を繰り返すことで、より多くの選手が多くの実戦を経験することができます。トーナメントの場合、1回戦で半分が敗退し、2回戦までで全体の75%のチームが消えることになる。大差が付いてコールドゲームになれば、レギュラーでも2回しか打席に立てないということも起こりえます。また、1度負けたら終わりのため、控え選手にチャンスを与えにくく、どうしても出場機会が偏りがちです。一方で、リーグ戦は一定の試合数が確保され、レギュラー以外にも出番を用意しやすい。成長過程の年代の選手たちにとって、成功であれ失敗であれ、試合での経験を練習にフィードバックさせて、その次の試合へ向けて取り組んでいくという作業を繰り返すのは大切なこと。選手の成長を促すためには、リーグ戦のメリットは大きいと言えます」

 多くの選手に機会を与えることは、埋もれている才能を掘り起こすことにつながる。

「プロ野球、大リーグで活躍した上原浩治投手や黒田博樹投手、高津臣吾投手は高校の時は控え投手でした。この年代で目立っていなくても、後に大成する可能性はあるということです。彼らは大学で野球を続けたことで道を切り開いていけましたが、高校時代を補欠で過ごして野球をやめてしまい、開花できなかった原石もたくさんいるでしょう。『高校野球の先』への道をどれだけ用意できるかということは野球界が抱える課題です」

「二極化」による危機

 野球の競技者数は近年、減少の一途をたどっている。日本高野連の統計によると、高校野球の部員数は2014年の17万312人をピークに、昨年は12万8357人まで落ち込んだ。トーナメント制という大会方式に加え、野球人口の激減もプレー機会の偏りに拍車をかけているというのだから驚きだ。

 一見すると、人数が減れば試合に出られる選手の割合が増えそうだが、なぜマイナスに作用するのだろうか。

 実は近年、高校野球では一部の強豪校とそれ以外のチームの格差が広がる「二極化」が進んでいると指摘されている。

 夏の大会での部員不足による連合チームが、2013年の32チームから昨年は128チームまで増えているように、全体的な人数の減少によりチームの維持が困難になる学校が増える一方で、一部の有力校には依然として多くの選手が集まっているという構図が存在している。

「それほど強豪校ではなくても、努力次第で格上の高校とも渡り合うことができるという環境は失われつつあると言えます。他校と合同しなければ大会に出られないような状況では充実した活動は難しいですから、熱意を持って野球をやりたい選手は、厳しい競争を覚悟で名門校に飛び込まざるを得ない。必然的に、そういった学校は多くの控え部員を抱え続けることになります。才能を埋もれさせてしまいかねない環境は変わりません」

岐路に立つ高校野球

 今後は少子化がますます進行し、存続の危機に立たされる野球部は増え続けるのは確実だ。その中でいかに選手が育っていく環境を整えるかという視点に立つと、学校単位の部活動を基本単位とした高校野球の在り方は岐路に立たされていると言える。

「選手の成長を考えるなら、リーグ戦の要素を取り入れることはもちろん、人数が多い学校は複数のチームを編成して出場できる仕組みがあってもいいですし、これだけ連合チームが増えているのですから、学校の枠にとらわれないクラブチームの参加が認められてもいい。そのように柔軟に受け皿を用意することで、より多くの選手のニーズに応えることができますし、競技人口の減少にも多少は歯止めをかけられるのではないでしょうか。ただ、従来の高校野球のスタイルを大きく変えることには抵抗を感じる人も多いでしょうから、簡単な道ではありません」

 全国の球児が学校の名誉と地域の期待を背負い、一発勝負のトーナメントを勝ち抜いて甲子園で全国制覇を目指すという高校野球の枠組みは、長い間日本の野球ファンを引き付けてきた。しかし、その陰で素質を開花させることができず淘汰されていった選手が数多くいたのも間違いない。

 競技人口が先細りしていく中、いかにして高校野球というイベントとしての魅力と育成環境の充実のバランスを取り、持続可能なシステムをつくっていくか。

 難しい舵取りが待ち受けている。

デイリー新潮編集部