講演会で話をする中嶋涼子さん(以下、写真はすべて本人提供)

「久々に悔しい気持ちになった」――こんな書き出しで始まる、“車椅子インフルエンサー”こと中嶋涼子さん(37)のポストが、X上で炎上した。これまで通っていた映画館で、今後のスタッフによる介助をやんわり断られたという中嶋さんの“嘆き”に、「自分勝手すぎる」「善意の強要」といった批判が相次いだのだ。渦中の中嶋さんは、猛烈なバッシングをどう受け止めたのか。本人に取材すると、車椅子インフルエンサーとしての“信念”、そして映画館側と話し合いをした“後日談”が明かされた。

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 騒動のきっかけとなる出来事が起きたのは、3月15日。「映画が唯一の癒やし」と語るほど映画好きの中嶋さんはこの日、通いなれた映画館「イオンシネマ シアタス調布」に、「52ヘルツのクジラたち」を見に行った。

 どうしても劇場で見たい作品だったが、通常のシアターではなく、リクライニングできる革張りシートの「グランシアター」でしか上映していなかった。料金は割高で車椅子用スペースもないが、過去に3回利用した経験があったので、「お金を出して行ってみよう」とチケットを買ったという。

 グランシアターは車椅子ユーザーの利用を想定しておらず、1列目のシートにたどりつくまでに数段の段差がある。そこで中嶋さんは、今までと同じように劇場スタッフに車椅子を持ち上げてもらい、その後は自力で座席に移動して、映画を楽しんだ。

 だが上映後、「泣ける事」(中嶋さん)が起きた。

■「思わずトイレで泣いた」一言

過去にグランシアターで鑑賞した際の記念写真

 帰り際、再び車椅子を持ち上げてくれたスタッフに「すみません」とおわびとお礼を伝えたところ、スーツ姿の女性社員に「グランシアターは段差があって危なく、スタッフも時間があるわけではないので、今後はこのスクリーン以外で見てもらえるとお互いいい気分でいられると思うのですが……」といった旨を伝えられたのだ。

「『これまで何度も鑑賞していたのに、どうして急にダメになったんだろう?』『グランシアターでしか上映していない映画は、今後見られないっていうこと?』と、悲しくて悔しくて。思わずトイレで泣きました」

 中嶋さんはその日、一連の経緯をX上で報告した。すると、初めは映画館の対応への疑問の声も寄せられたが、次第に「どうしてもその席で見たいのなら、ヘルパーでもなんでも呼ぶのが筋」「むしろ今まで対応してくれたことに感謝する方が大切」といった中嶋さんへの批判が目立つようになった。

 翌16日、イオンシネマを運営するイオンエンターテイメントが、【弊社従業員による不適切な対応に関するお詫び】と題したリリースを発表すると、「なんであなたは謝らないの?」という中嶋さんへの攻撃的なムードが広がり、かえって炎上は激化していった。

中嶋涼子さん

■どんな言葉より傷ついたのは…

 中嶋さんは16日、こんな投稿をリポストしている。

「マジでキショい 健常者の労働者階級に寄生ばっかしやがってさ。家に引きこもってろ」

 目を覆いたくなるようなコメントをあえて拡散した理由について、中嶋さんはこう話す。

「9歳で歩けなくなった当時、外出先で『障害者は家にいればいいんだよ』って言われたことがあって。すごく悔しくて一生忘れない言葉なんですけど、今でも同じことを言う人がいる現実を提示したいと思いました」

 だが中嶋さんにとって、どんな辛辣(しんらつ)な言葉よりも傷ついたのが、同じ車椅子ユーザーからの攻撃だった。仲がいいと思っていた友人まで、「私だったら介助を頼まない」「調子に乗っている」「炎上して当然」などと発信しているのを見て、人間不信に陥りかけたという。

「『お前のせいで外に出にくくなった』『障害者と健常者の間の壁を余計に作った』という批判もあって、なるべく社会の中で目立たないように暮らしている人もいるんだなと。でも、私が声をあげたからと言って、障害者全員が“クレーマー”みたいに見られるのはおかしい。障害者だけど違う考えの人も、健常者だけど同じ考えの人もいて、一人ひとり違うのに、障害の有無でひとくくりにされる世の中は悲しいです」

 精神的につらくなり、数日間SNSを見られなくなったが、「炎上に加担しているのは一握りの人」と気持ちを切り替えた。

 そして、中嶋さんは行動を起こす。イオンシネマに電話をして、騒動を招いたことを謝りつつ、映画館でのバリアフリーのあり方について話し合いたいと提案したのだ。

■“心のバリアフリー”を進めたい

日本の映画館の車椅子用スペースでは、多くの場合、隣の席の友人と同じ目線で鑑賞したりポップコーンをシェアしたりできない(※画像の一部を加工しています)

 中嶋さんはこれまで、自身の講演会などで、欧米と比較した日本の映画館の問題点を繰り返し訴えてきた。車椅子用スペースは非常口に近い1列目にあることが多く、画面がゆがんで見えたり首が痛くなったりと負担が大きい。また周りを柵で囲われていて、普通席から離れているので、友人と一緒に来ても疎外感がある。

中嶋さんは18歳〜26歳までを米国で過ごした。現地の映画館はシートの隙間に車椅子用スペースがあり、好きな席を選べたという

 今までは、これらの課題を映画館側に伝える機会がなかったが、今回はとんとん拍子に話が進み、電話をした3日後の23日、「シアタス調布」の支配人など担当者3人との意見交換が実現した。

 3人の説明によると、「安全上、グランシアターで車椅子を持ち上げる介助は軽率に行うべきではない」と考えているものの、中嶋さんの声を受け、一部の映画がグランシアターでしか上映されていない運用を見直せないか検討するという。また、グランシアターに車椅子が入れるよう設備面の改善も考えているといい、中嶋さんは「電車の乗り降りなどで使われる簡易スロープを段差に置いてもらえば、車椅子を押してもらうだけで移動できます」などと提案した。

 意見交換をへて、イオンシネマ側からは「今後の改善点が分かり、話を聞けてよかったです」と感謝が伝えられた。中嶋さんも「これからもシアタス調布さんに通わせていただきたい」と応じ、円満で実りある話し合いになったという。

「障害者の常識をぶち壊し、日本の社会や日本人の心をバリアフリーにする」をモットーに発信を続ける中嶋さん

「困っていることがあるなら声をあげないと、誰も気づかないし、何も変わらない。私は引き続き、車椅子でもこんな場所に行ける、こんなことができるっていう姿を発信して、“心のバリアフリー”を進めたいと思っています」

 そんな中嶋さんは、次は「四月になれば彼女は」と「オッペンハイマー」を見に行こうと心待ちにしている。

(AERA dot.編集部・大谷百合絵)