寝台特急「北斗星」 ラストランに集った撮り鉄たち。画像は本文の内容とは関係ありません(写真:HIROYUKI OZAWA/アフロ)

 近年、鉄道の写真を撮ることを趣味とする「撮り鉄」の迷惑行為が後を絶たない。栃木県・大田原簡裁は今月21日までに、昨年6月に寝台列車「カシオペア」を撮影しようと同県内の線路内に立ち入った男2人を鉄道営業法違反罪で略式起訴し、それぞれ科料9千円の略式命令を出した。また、今月上旬には撮り鉄と見られる男が鳥取県内の駅で特急「やくも」の先頭車両に飛び移ったような画像がXで出回り炎上した。なぜ批判されても撮り鉄は迷惑行為をやめないのか。早稲田大学で鉄道研究会に所属し、『関東の私鉄沿線格差』(KAWADE夢文庫)『JR中央本線 知らなかった凄い話』(同)などの著書もある小林拓矢さんに、その心理を分析してもらった。

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 駅に停車中の特急「やくも」の先頭車両に男が抱きつくという、信じられない写真が今月上旬、Xにアップされた。連結器の上に乗り、ガッツポーズをとる別の男の写真もある。2人とも大きなレンズを装着したカメラを手にしていることから、いわゆる“撮り鉄”をみられている。

 この写真が広まると、SNSでは「マナー以前に法に触れていると思う」「鉄道ファンの風上にも置けない」などの声が上がった。

 撮影されたのは今月5日、鳥取県江府町にある江尾(えび)駅と見られている。報道によると、JR西日本は「大変悪質で危険な行為であり、警察への相談も検討しています」と話しているという。

特急「やくも」の連結部分の上でガッツポーズをとる男。肩には大きなレンズを装着したカメラがかかっている(Xに投稿された画像を一部加工しています)

■鉄道人気の異様な高まり

 一般の人には理解しがたい行為だが、小林さんは「これは『鉄道系』というより、迷惑なことをして注目を浴びようとする『迷惑系』のYouTuberに近いでしょう」と分析する。

 例えば昨年、回転ずしチェーン大手「スシロー」の店内で、客がしょうゆさしをなめるなどの迷惑行為をした動画を撮影し、SNS上に拡散した。それと同様な行為だという。

「今回の特急『やくも』の件に関しては、純粋に鉄道を愛してるというよりも、SNSの『いいね』稼ぎの魅力に取りつかれてしまい、承認欲求がエスカレートして暴走してしまった。そんなところだと思います」

「注目されたい」というゆがんだ承認欲求から、迷惑行為に及ぶ鉄道ファンは「昔から一定の割合でいた」と小林さんは感じている。ただ、ごく少数だったこともあり、あまり目立つ存在ではなかった。

 ところが近年、それが表面化してきた。背景には、カメラの進化による撮り鉄の増加と、SNSの普及があるという。

「最近、趣味としての鉄道の人気は異様なほど高くなっています」(小林さん)

 珍しい車両や引退前の列車が走るなど、鉄道のイベントがあると、それがどこであっても、あらゆる年齢層のファンが押し寄せるという。

「みんなバンバン写真を撮って、SNSに投稿しています。動画をYouTubeにアップしている人もいます。SNSに写真を上げて注目を浴びたい人が劇的に増えている」

 ちなみに、今回話題になった特急「やくも」は貴重な国鉄時代からの電車で、来月から6月にかけて引退が予定されている。懐かしの『国鉄色』のほか、数種類の塗装が施され、ファンの注目の的だという。

特急「やくも」の先頭車両に抱きつく男。手には大きなレンズを装着したカメラが握られている(Xに投稿された画像を一部加工しています)

■鉄道雑誌が歯止めになっていた

 この20年ほどで鉄道写真の世界は大きく変化した。

 フィルムカメラの時代、撮り鉄が自慢の作品を発表する場は鉄道雑誌だった。特に読者からの投稿に力を入れているのは、「鉄道ファン」(交友社)「鉄道ダイヤ情報」(交通新聞社)などが知られている。

 ひとくちに撮り鉄といってもこだわりのポイントはさまざまだ。列車の姿をはっきりと1枚の写真に収める「型式写真」を撮る人がいれば、列車を周囲の風景などとからめて「芸術写真」を目指す人もいる。

「鉄道雑誌には読者の投稿写真で鉄道の動向の紹介をするページがあります。コンテストのページに応募されるのは芸術性の高い写真です」(小林さん)

 一方、鉄道雑誌は迷惑なことをして撮影した写真を掲載しなかった。そのため、撮り鉄の迷惑行為が表面化することほとんどなかった。

 ところが、インターネットの普及とともに、個人が鉄道写真を自由に発表できるようになった。

「まず、鉄道ファンがホームページを開設し、そこで写真を公開し始めました。その後、写真を投稿できるブログを利用する人が増えた。そして今はSNSが中心で、特に多いのはXとインスタグラムです」

 さらにカメラの進化も撮り鉄の増加に大きく関係しているという。

「大学時代はバシッとピントの合った走行中の列車を撮るのは大変でした。なにせ、私のカメラはマニュアルフォーカスでしたから。それにフィルム代がかさみました。今のように、1回の撮影で何百枚も撮ることはできなかった」

小林拓矢さん

■自浄作用は期待できない

 ところが、20年ほど前にデジタル一眼レフが普及し始めると、撮影方法は一変した。

「細かく露出を変えながら、とんでもない枚数を撮影できるようになった。しかも、いくら撮影してもお金がかからない。なので、デジタルカメラが普及したことで、撮り鉄のすそ野はものすごく広がった。今ではどんな鉄道イベントに行っても、カメラを持った人が大勢います」

 昔から迷惑行為をする鉄道ファンが一定の割合で存在していたとすれば、鉄道写真の人気の高まりと、SNSの利用者の増加によって、迷惑行為をする人が目立ってきた、と考えるのが自然だという。

 特急「やくも」での迷惑行為のXへの投稿は炎上後、削除された。そこには、「悪いことをしてしまった」という意識が感じられるという。

 一方、世間からいくら批判を受けても撮り鉄の迷惑行為について、「自浄作用は期待できない」と、小林さんは見る。それだけ、「いいね」をめぐる内輪の競争意識は強いということだ。

「それに対して、警備を強化する必要性が高まるので、鉄道会社は大変だと思います。一部の鉄道会社は迷惑行為を軽減するために、有料で写真撮影の場を設けたところもあります」

 外食産業などで自らの迷惑行為を撮影して注目を浴びたい人が繰り返し現れるように、この問題は撮り鉄に限ったことではないという。

「大多数の撮り鉄は社会のルールを守って撮影しています。ただ、たまに暴走する人が出てくる。残念ながら、この状況は変わらないと思います」

(AERA dot.編集部・米倉昭仁)