医薬品業界は大型のM&Aが多い業界です。2000年代は経営統合でアステラス製薬や第一三共、田辺三菱製薬が誕生しました。また2018年の武田薬品のシャイアー買収は、日本企業で過去最大のM&Aだとみられています(買収額:約6.8兆円)。

エーザイも2000年代後半に大型買収をしかけています。エーザイはがん領域に強みがありますが、加速したのは当時のM&Aがきっかけでした。

今回はエーザイのM&Aを振り返りましょう。またエーザイは最近IT企業を買収していますが、その背景も探ってみます。

アメリカ企業2社を4600億円で買収 がん領域に本格参入

エーザイががん領域の製品を初めて手にしたのは2006年です。米ライガンド社から抗がん剤4品目を買収したことが始まりでした(出所:エーザイ 重点疾患領域 がん)

さらに2007年にはがん抗体治療薬を開発していた米モルフォテックを3.25億ドル(1ドル=110円で約360億円)で、2008年にはがん治療の支持療法向け製品を持つ米MGIファーマを39億ドル(同4300億円)で取得しました。

【エーザイの2000年代の主なM&A】
・2006年6月:米ライガンド社から抗がん剤4品目を買収
・2007年4月:米モルフォテック社を買収
・2008年1月:米MGIファーマ社を買収

積極的なM&Aの背景には同社の成長戦略がありました。

エーザイは当時、中期経営目標「ドラマティック・リープ・プラン」の推進中でした。2011年度までに売上高1兆円を目指す内容です(2005年度は売上高6013億円)。がん領域は最重点領域と位置付けられており、エーザイはM&Aでその強化を目指しました。

現在、がん領域はエーザイの売り上げの4割を占める主力製品となっています。

出所:エーザイ 決算参考資料より著者作成

がん領域への本格参入を果たした一方、財務には大きな負荷がかかりました。

MGIファーマの買収資金は主に借入金でまかなわれました。それまではほぼ無借金経営でした。負債の増加から株主資本比率は20%ポイント以上悪化しています。

【当時のエーザイの財務】

         2007年3月期   2008年3月期 
 総資産 7921億円 1兆1239億円
 無形固定資産 626億円 4177億円
 負債 2294億円 6701億円
 借入金 2億円 4128億円
 株主資本比率 66.6% 42.5%

出所:エーザイ 決算短信

なお借入金の一部は社債に切り替えられました。薬品業界では初の大型起債だったことも話題でした(出所:エーザイ 無担保社債の発行について、Bloomberg 2008年5月29日付)

届かない売上高1兆円の夢 株価は思惑で乱高下

M&Aでがん領域を強化したエーザイですが、目指していた売上高1兆円はいまだ達成できていません。買収後で最高の売上高は8032億円(2010年3月期、日本基準)です。直近の売上高は7000億円台半ばにとどまっており、純利益はMGIファーマ買収前(2007年3月期)を下回っています。

【エーザイの業績の推移】

       2007年3月期   2023年3月期 
 売上高 6741億円 7444億円
 営業利益 1053億円 700億円
 純利益 706億円 554億円

※2007年3月期は日本基準、2023年3月期は国際会計基準

出所:エーザイ 決算短信

売り上げは2010年代半ばに大きく落ち込みました。特許切れや後発医薬品の普及などが逆風でした。2018年3月期以降は回復が続いています。

出所:エーザイ 決算短信より著者作成

利益も停滞の傾向がみられます。純利益が買収前を上回ったのは抗がん剤の「レンビマ」が好調だった2020年3月期のみです。その他の期はいずれも2007年3月期を下回っています。

出所:エーザイ 決算短信より著者作成

思うように成長できていないエーザイですが、株式市場はどう評価してきたのでしょうか。

エーザイの株価は2015年に大きく上昇しました。開発していたアルツハイマー型認知症の治療薬で良好な試験結果を得たことがきっかけでした。現在、エーザイは「レカネマブ」や「アデュカヌマブ」といった認知症治療薬をラインアップしています。新薬の開発を巡る思惑が広がりやすく、株価の変動率は大きめです。

出所:Investing.comより著者作成

次はIT企業を買収 エーザイがデジタル領域へ投資する理由

エーザイのM&Aを巡ってはIT企業の買収が話題です。2022年3月に健康管理アプリ「パシャっとカルテ」を開発するアーティリックスを子会社化しました(出所:エーザイ 2022年4月1日リリース)。エーザイがIT企業を買収するのは初めてだとみられています。

また2023年10月にはデジタル事業会社としてテオリア テクノロジーズを設立しました(出所:エーザイ 2023年9月12日リリース)。認知症の早期発見に向けた発症リスク予測アルゴリズムや、日常生活動作を記録し診察時のコミュニケーションを支援するアプリなどを提供するとしています。

エーザイがデジタル領域に投資する理由はPHR(パーソナル・ヘルス・レコード)の強化にあるとみられます。

PHRとは個人の健康や医療、介護に関する情報の記録です。継続的に日常生活のデータを観察することで認知症の早期発見や治療後の経過観察などに役立つと期待されています。上述の2社は、いずれもPHR領域のプロダクトを展開しています。

エーザイが2021年度からスタートさせた中期経営計画ではデジタル技術と創薬技術の連携が示されました。日常領域では健康状態の維持や予防などを支援するサービスの提供が想定されており、PHRはその中核サービスとなるとみられます。

エーザイは2022年6月、SONPOホールディングスや日本電信電話(NTT)らと共同でPHRサービス事業協会の発足を発表しました。PHRのルールやガイドラインを整備し、新しいサービスの創出を支援します。

PHRサービス事業協会は2023年7月に設立され活動を開始しました。PHRが広がればエーザイでも新事業が生まれるかもしれません。

文/若山卓也(わかやまFPサービス)