●負けられない“似たもの同士”の対決

 明治安田J1リーグ第8節、FC町田ゼルビア対ヴィッセル神戸が13日に行われ、1-2でアウェイチームが勝利を収めた。これまで「大迫勇也依存症」を課題としていた神戸にとって、彼なしで首位チームを撃破した価値は勝ち点3以上のものがあると言っていい。この勝利が、今後へのヒントになるのかもしれない。(取材・文:元川悦子)

【動画】FC町田ゼルビア対ヴィッセル神戸 ハイライト

 J1初昇格ながら、今季開幕から首位を走ってきたFC町田ゼルビア。球際や寄せ、攻守の切り替え、リスタートの迫力といったキワの部分を徹底的に突き詰め、鹿島アントラーズや川崎フロンターレといった実績あるクラブの前に立ちはだかってきた。

 このスタイルは2023年のJ1王者・ヴィッセル神戸が目指すものと酷似している。だからこそ、4月13日の東京・国立競技場での一戦は絶対に負けるわけにはいかなかった。前節の横浜F・マリノス戦を落としている状況だけに、連敗は許されない。そういう意味でもチーム全体に気合が入っていた。

 しかしながら、今回はエースFW大迫勇也が負傷離脱し、守護神・前川黛也も出場停止。攻守の要を欠く状況ではあったが、吉田孝行監督は大卒ルーキー・山内翔とGK新井章太を抜擢。前線は佐々木大樹と宮代大聖をトップに並べ、右に武藤嘉紀、左に山内を配置するという新たな陣容で挑んだ。

「サコ(大迫)がいるのといないのでは全然、存在感が違うが、いない中で選手個々を最大限生かすことを考えた。今日の武藤、佐々木、宮代の3人なら前線で十分パワーを出せるし、山内もいわゆる(広瀬)陸斗の役割ができる。一番いいチョイスだと思った」と指揮官は新たなアタッカー陣の編成理由を説明していた。

 その思惑通り、神戸は宮代、佐々木、武藤の3人のスピードや推進力を前面に押し出しつつ、攻めを組み立てた。

●「大迫依存」脱却のヒント

「サコがいると、どうしてもそこを目がけてロングボールだったりポストプレーが多くなる中で、今日は相手も前から来るし、徹底して裏を突くっていうことをやっていた。取ったボールをすぐに速く裏に出すっていう意識を全員で持ちながら戦った」とキャプテン・山口蛍も強調していたが、相手のお株を奪うようなタテへの意識を披露。22分、43分の佐々木が抜け出したシーンなど、あと一歩でゴールが生まれそうな決定機も作り出した。

 こうした流れの中、待望の先制点が前半終了間際の45分に生まれる。自陣でボールを受けた宮代が力強いドリブルでグイグイと前線に駆け上がり、武藤にパス。背番号11は思い切って左足シュートを放った。これがDFに当たり、こぼれ球が山内へ。今季初先発の22歳のアタッカーは迷うことなく右足を振り抜き、値千金のゴールを奪ったのだ。

「うまくボールが流れてきて、時間もあったので、周りの状況っていうのもクリアに見えてましたし、本当に自分が狙ったところにうまく流し込めたので、こういうタフなゲームで先制点が取れたというのはすごく大きかった」と背番号30は笑顔を見せていた。

 この場面を振り返っても、宮代がドリブルという強みを出し、武藤も迷わずフィニッシュに行っている。タメを作れる大迫がいる時にはどうしても彼に依存しがちになるが、大黒柱が不在だからこそ、1人ひとりが自分のストロングで勝負しようという姿勢がより強くなったと言っていい。「大迫依存症」は神戸の前々からの課題であるが、それを克服しなければ連覇への道は開けてこない。町田戦の彼らは1つのヒントを見出したのでははないか。

 ただ、後半に入るとより町田の圧力が増し、守勢に回る時間が増えてきた。

●「僕らは普通だったら…」

「相手は徹底して角を取ってロングスローやFKでゴールを狙ってくる」と吉田監督も語ったが、いったんタッチラインを割れば、鈴木準弥と林幸多郎の両サイドバックが全てロングスローを投げ込んでくる。しかも前線で待ち構えているのは194cmの長身FWオ・セフンだ。これには守備陣もかなり苦しめられたに違いない。

「僕らは普通だったら相手の出方に合わせないですけど、ボールが外に出たら全部ロングスローになってしまうから、合わさざるを得なかった。でもそこでやらせなかったら、相手は前に人数をかけてくる分、カウンターが効いてくるのは分かっていた。今回は完全に上回れたのかなと思います」と武藤は町田対策を頭に叩き込みつつ、裏を突く形に持っていこうとしていたことを明かす。

 89分の決勝弾もスピーディーな攻めから左ウイングに上がった初瀬亮が取った左CKから生まれた。キックの名手・初瀬が蹴ったボールはファーで待ち構えていた武藤のところへ。彼は左足を豪快に振り抜き、2点目をゲットしたのだ。

「初瀬選手のボールの軌道を見て、最初は突っ込もうと思ったんですけど、流れてくるんじゃないかなと思って、本多(勇貴)選手を前に押し込んで、うまく潰れてくれたので、トラップを集中して相手のいないところに蹴り込んだ。そしたらとんでもないところに突き刺さった」と本人も驚き半分に語っていたが、非常に大きな仕事を果たしたのだ。

●FC町田ゼルビア戦の勝利がひとつの基準に?

 後半アディショナルタイムにドレシェヴィッチの一発を浴び、1点差に詰め寄られたが、最終的に神戸が2−1で勝利。勝ち点を14に引き上げ、町田を首位から引きずり落とし、新たにトップに立ったセレッソ大阪との勝ち点差を4に詰めることができた。

「ここで負ければ上との勝ち点が広がる状況で3ポイントを積めたことはすごく大きい」と山口も前向きにコメントしていたが、大迫不在の状況で2点を取って勝ち切ったことで、新たな方向性が見えたのは確かだろう。

「サコ君がいる時のよさもありますし、逆に今日みたいにフレッシュな選手たちが裏を狙うよさもあると思う。特に今日は『大迫選手がいなかったから勝てなかった』と言われるのは絶対に嫌だとみんな思っていたはず。そういった意味で、町田に打ち勝てたっていうのは1人ひとりの自信にもつながった。いい競争も生まれてくるんじゃないかなと思います」

 武藤もこう力を込めていたが、大迫1人だけに頼っていたら、神戸はさらなる高みに上り詰めることはできない。今季は宮代が4点、武藤が3点、佐々木が1点と得点源が分散し、山内のような新戦力も台頭してきている。これはポジティブな要素だろう。

「多彩な形でゴールを取って勝てるチーム」になれれば、吉田監督にとっても理想的。もちろん大迫がいた方がもちろん力強いし、彼抜きにシーズンを戦い抜くことはできないが、それ以外のオプションを作ることも重要だ。

 この町田戦の戦い方を1つの基準にして、先につなげていくことができれば、彼らは勢いに乗れるはず。ここから湘南ベルマーレ、京都サンガF.C.、名古屋グランパスと試合が続くが、連勝街道を突き進んで、タイトルに向かっていきたいところだ。

(取材・文:元川悦子)

【2024年】J1リーグ戦力総合評価ランキング1〜10位。優勝候補はどこだ? 全20クラブを格付け!
【一覧】Jリーグ移籍情報2024 新加入・昇格・退団・期限付き移籍・現役引退
Jリーグ“最強”クラブは? パワーランキング。人気や育成、成績など各指標からJ1〜J3全60クラブを順位化