2022年9月、10月に相次いで、ドル売り・円買い介入が実行された模様だ。

 2022年には、財務省で為替介入をリードしたとみられる神田財務官の名が轟いた。当時はマイナス金利が継続する日本と米国の利上げが重なり、円安・ドル高が急進行。1ドル145円になった9月に1回目の円買い・ドル売り介入を実施。2回目は152円まで円安が進行したタイミングで実施された。

 しかし、為替介入の結果もむなしく2024年4月、34年ぶりにドル円相場が160円台まで急落した。下落が止まらない円相場の安定化を図るため、財務省は4月29日と5月2日に相次いで円買い方向の為替介入に踏み切ったとみられる。

●アクセルとブレーキを同時に踏む日本

 足元では、「日本円の弱体化」が懸念されていた。米国連邦準備制度理事会(FRB)などの中央銀行がインフレ対策として金利を引き上げている中、日本銀行は超緩和的な金融政策を維持し、円の下落に拍車を掛けていた。日銀はマイナス金利を廃止したことで「金融政策正常化」しつつあるともいわれるが、絶対値としての金利差は誤差程度にしか縮まっていない。

 円を売り、金利の高い各国の通貨を買うというキャリートレードの大勢に今後も変化はないとみられている。

 2022年までは24年間にわたって封印されてきた為替介入が昨今「乱発」されていることに対しては、批判の声も小さくない。財務省による円高方向への為替介入は、日本銀行の行う円安方向の金融政策とは対照的であるからだ。

 金融政策においては、日本銀行は現在も低金利を維持し、緩和的な姿勢を保持している。一方で、財務省による為替介入は、急激な円安阻止を目的として行われている。財務省は市場に介入し、円の価値を人工的に下げることでこれを防ごうとする。しかし、このような介入は日銀の目指す金融政策の中期的な緩和政策とは方向性が異なる。

 この「アクセルとブレーキを同時に踏む」状況は、政策の一貫性を欠き、市場参加者に混乱をもたらしている。投資家や企業は「結局、円安と円高どちらにしたいのか?」と経済への方向性を読み取りにくくなり、経済活動の予測が困難になる。これは結果として、内外企業が設備投資を控えたり、経営判断の遅延を引き起こしたりといった悪影響をもたらす。

 さらに、為替介入は外国からの批判を受けることもある。他国からは市場操作と見なされることがあり、国際的な信頼を損なう。

 介入による人工的な為替レートの変動は、最終的には市場力によって修正されるため、多額の費用をかけても持続的な効果が得られないケースがほとんどだ。大して効果が見込めない反面、失うものが大きいのだ。

 セントルイス連邦準備銀行の連邦準備経済データ(FRED)は、中央銀行による為替介入の効果について疑問符を投げかける事例をいくつか紹介している。

 例えばメキシコ中央銀行は、2008年10月に当時進行していたペソ安に対処するために30 億米ドルを売却した。しかし、その介入とそれに続く他のいくつかの介入では、その後12カ月間にわたるペソの下落を防ぐことはできなかった。同じく、FREDはトルコリラの例も取り上げている。長年続くリラ安のため、トルコリラを直接買い付ける介入を続けているがこれも全く効果は出ていない。

 同調査は「介入が効果がなかったためなのか、それとも介入がなければ状況はさらに悪化していたのかは分からない」という趣旨で締められている。少なくとも為替介入の効果がポジティブではないことは明らかだ。

 結局のところ、金融政策と財政政策が異なる方向を向いている場合、相対的に規模が小さく、また短期の影響しか持たない為替介入の効果はすぐさま相殺され、政府資源の浪費につながる可能性が高いのだ。では、理想的な為替介入にはどのような事例があるのだろうか。

●理想的な為替介入

 「理想的な為替介入」とされる事例の一つに、2011年の東日本大震災後の介入がある。この時、日本円は急速に円高となった。これは被災地の復興資金需要や、保険金支払いのための資産の国内回帰が予想されたたため、投機的な円買いが発生していたのだ。この円高が進むと、日本経済に悪影響を及ぼす可能性があったため、G7諸国は共同で為替市場に介入し、円の価値を下げることを決定したのである。

 日銀が東日本大震災に対応して金融緩和を強化していた時期のことであり、為替介入も金融政策も共に円安方向で一致していた。筋の通った為替介入であれば、外国の協力も得られるのだ。1998年の円支援や2000年のユーロ支援なども、各国が協調して為替市場に介入した。

 経済的な危機や特別な事情がある場合に、為替レートの誤認が大きな社会的コストを生じさせる。これを避けられるための為替介入であれば理想的といえそうだ。

 最近の財務省による為替介入はいずれも外国の協力なしの「単独介入」という見方が強く、金融政策との逆行から見ても筋が通っていない、理想的な為替介入とは程遠いと言って差し支えないだろう。

●神田財務官の“神格化”?

 そんな意義の乏しい為替介入の現状とは裏腹に、為替介入をリードする財務官がもてはやされ、SNS上で言ってしまえば“神格化”されることもあるのは、非常に興味深い事象だ。いち政策実行者の服装や表情までウォッチして、介入するのか(したのか)否かを推測しようとする一部メディアの報道にも違和感を覚える。

 財務官個人を過度に崇拝することで、理性的な政策評価を阻害する可能性が生じかねない。財務官の判断が常に正しいわけではなく、時には誤った判断もありえる。にもかかわらず、彼らが大きく市場を動かしたという事実一点のみで神格化されることで、そのような判断が適切な批判や検証を受けずに採用されるリスクが高まる。

 また、公共の政策が一部の個人のカリスマやパフォーマンスに依存することで、その政策の持続可能性や一貫性が損なわれることにも注意すべきだろう。これは、財務官が変われば政策の方向性が大きく変わることもありえるため、長期的な経済計画に対する市場の信頼が揺らぐことにつながる。

 結論として、為替介入を行う財務官の神格化は、適切な政策評価と持続可能な経済運営を妨げるリスクがある。政策実行は個人の能力に依存するのではなく、透明で、責任あるプロセスを通じて行われるべきで、介入についても裁量というよりはシステマチックで包括的なアプローチを推進すべきだろう。

 「中央銀行には逆らうな」という相場格言がある。現状は、財務省が中央銀行に逆らってしまっている。為替市場のような巨大な市場では、中央銀行の政策の方が結局は強い。筋の通ってない為替介入への影響は、前回と同じように、一時的なもので終わるだろう。

●筆者プロフィール:古田拓也 カンバンクラウドCEO

1級FP技能士・FP技能士センター正会員。中央大学卒業後、フィンテックベンチャーにて証券会社の設立や事業会社向けサービス構築を手がけたのち、2022年4月に広告枠のマーケットプレイスを展開するカンバンクラウド株式会社を設立。CEOとしてビジネスモデル構築や財務等を手がける。Twitterはこちら