夢枕獏の小説「陰陽師」を原作に、平安時代に実在した“最強の呪術師”安倍晴明の知られざる学生時代を描く『陰陽師0』が公開中だ。山崎賢人が主人公の安倍晴明、源博雅を染谷将太が演じ、安藤政信、國村隼、小林薫など豪華俳優陣が出演しているのも話題となっている。

メガホンを取ったのは、「アンフェア」シリーズや『K-20 怪人二十面相・伝』(08)などで知られる佐藤嗣麻子。MOVIE WALKER PRESSでは、長年の友人であるという佐藤監督と夢枕に直撃インタビュー!お互いの作品の魅力から続編の構想までお届けする。

本作の舞台となるのは平安時代。陰陽師は呪いや祟から都を守る役割を果たしていた。陰陽師の省庁であり学校でもある「陰陽寮」の学生、安倍晴明(山崎)は、呪術の天才ながらも陰陽師に興味を示さず、周囲から距離を置かれる存在だった。ある日、貴族の源博雅(染谷)から皇族の徽子女王(奈緒)を襲う怪奇現象の解決を依頼される。晴明と博雅は衝突しながらも真相を追うが、ある学生の変死をきっかけに凶悪な陰謀と“呪い”が動き出す。

■「獏さんの『陰陽師』は、『晴明が最終的に博雅に救われる』話だと思っている」(佐藤)

――佐藤監督と夢枕先生は、かなり昔から「陰陽師」の映画化のお話をされていたそうですが、今作で晴明と博雅の出会いを描くことにした理由を教えてください。

佐藤「もともと私が、晴明と博雅の出会いを観てみたいこともありました。原作の晴明たちは40代ぐらいの設定ですが、この晴明はいろいろと映像化されきったように感じていたので、目線を新しくして若い2人を描こうと考えました」

――本作は佐藤監督が脚本も手掛けていますが、夢枕先生の原作から新たにイメージをして作り上げたものなのでしょうか。

佐藤「獏さんの『陰陽師』は、『晴明が最終的に博雅に救われる』と私は思っているので、博雅が晴明の唯一の弱点であることや、原作での2人の関係性に行き着くようにもちろん描いています。物語はオリジナルのところがあるので、『この登場人物たちはどう会話するのか?』ということを想像していると、それに付随して『こういう画が作りたいな』とビジョンが浮かび上がるので、それを基に脚本を作り上げていきました」

――実際に完成した本編を観て、夢枕先生はいかがでしたか?

夢枕「映画については『若い晴明と博雅はこういうふうにやるのかな?』と、映像を観る前に勝手に思い描いていたのですが、それよりもずっといい晴明と博雅だったと思いましたね。青春映画としてよくできていて、ここまではやるだろうと思っていたところの、もう一つ上のステージの仕あがりになりましたね。呪術の描き方についても、きちんとルールがありつつ見せ場となる派手なシーンも作っていて、すごくいいバランスでいろんなものが散りばめられていました」

――夢枕先生から佐藤監督への要望は、「呪文は口から出すこと」だったそうですが、どうして呪文を言葉にしなければいけないのでしょうか?

佐藤「実は言葉にしなくても大丈夫なんですよ」

夢枕「呪文っていうのは声に出さなくてもいいんだけど、結局『文章』や『言葉』がないと、脳が“宇宙”を掴むことができないんですよ。例えば僕らは、“愛”という『文章』や『言葉』を使うけれども、これは形がないものを捉える時に便利なんです。“愛”という『言葉』がないうちは、ほぼ“愛”がないも同然なんだよね。自分のなかの『これはなんだろう』という気持ちに対して、誰かが“愛”と言った時に、モヤモヤしたいろんな『言葉』が人の気持ちまでもそこに絡め取られるんですよ。数学も『言語』という意味でこれと同じことなんです。“宇宙”や“現象”、“環境”、そして”自分の心“まで“呪”をかけていくということになっていくんですよ」

佐藤「でもすでに、『言葉』は“呪”なんです。だから『言葉』を発した瞬間に、それは事実じゃないもの、つまり『概念』に変換されちゃうんです。そして『言葉』は、頭でももう発せることができて。“愛”って思ってしまえば、それはもう“呪”にかかっているわけなんです」

夢枕 「脳の中で『言葉』があれば、発音しなくてもいいの」

佐藤 「そうそう。脳に“呪”をかけただけで」

■「僕らはもう萩尾望都さんの単なるファンですから」(夢枕)

――なかなか初心者には難しく、いちから勉強し直します…。ただ、説明いただいく間にも抜群のコンビネーションを感じました。お2人は長年のご友人とのことでしたが、改めて本作でキャンペーンや舞台挨拶を回っていかがでしたか?

佐藤「獏さんとお話するの、楽しい!」

夢枕「遠慮がないからね(笑)。僕も佐藤監督も、あんまり気を遣ってないよね」

佐藤「全然、気を遣ってないね(笑)」

夢枕「どんなにハンパでも原作者の偉い先生に気を遣って、立てなきゃいけないところなのに、立てないからね(笑)」

――長年積み重ねてきた信頼関係を感じます。お2人に共通点のようなものはあるのでしょうか。

佐藤・夢枕「えええー!」

佐藤「そんな共通の話をしたことないよね?あ、でも萩尾望都さん!」

夢枕「そうですね。僕らはもう萩尾さんの単なるファンですから」

佐藤「萩尾さんはもう神様ですね。うちの主人(山崎貴監督)が、(スティーヴン・)スピルバーグに会った時に、『神様に会った』って言っていたけど、私はもう萩尾さんにずいぶん昔に会っているしなって思いました(笑)」

――普段どういうお話をされているのでしょうか?

佐藤「獏さんは釣りの話と格闘技。私は乗馬の話をしています」

夢枕「最近馬の話ばっかりだったね。あとで教えてくれたんですが、この映画のために馬に乗っていたんですよ」

――話のなかで影響を受けたことはありますか?

佐藤「釣りはやらないことにした(笑)」

夢枕「僕は乗馬をやらないことにした(笑)」

■「佐藤監督はこだわりが強くて、そのこだわりに対して真っ直ぐ」(夢枕)

――お2人の関係性がとても伝わりました(笑)。佐藤監督はもともと夢枕先生のファンだったとのことですが、夢枕先生の作品の魅力はどのようなところにあるのでしょうか?

夢枕「褒めろよ(笑)」

佐藤「いつもなんかせつないというか、泣けるところ。あと鬼とかまで許しちゃったりする物語がかっこいい。文章がすてきで、読みやすいし美しい!」

夢枕「もう十分だよ(笑)」

佐藤「文章にリズム感もあって、そういう意味では映像的なのだと思います。改行することがカット割りに近い感覚です。格闘シーンとかも、ここはカメラが寄りでここは引きだなとか、読みながらわかる感じですね」

夢枕「カット割りまではいかないんだけど、場合によっては映像をきちんと描写をする方ですね。僕の場合は、文章じゃないとちょっとできないような『文章映像描写』をやれるところまで行くと快感ですね。実際には映像でもできるのかもしれないですが。

具体的には坂口安吾の『桜の森の満開の下』のラスト1行が、『あとに花びらと、冷めたい虚空がはりつめているばかりでした』と終わるんです。その『冷めたい虚空がはりつめている』というのは、その“文章で行く”場所なんです。文章が作っている描写で、文章として刺さってくる場所で、そこに行くための“風景描写”みたいな感じもあります。そこにやってもやっても行けない時があって。たどり着くまでしつこくやることもあります」

佐藤「今作の主題歌がBUMP OF CHICKENの『邂逅』なんですが、藤原(基央)くんの歌詞もなんか画にできないところがいまのと似た感じがしますね」

夢枕「小説の話ではありますが、やっぱりそういう(描写の)勝負どころが何か所かないと、書くほうはつまんないですね」

――先ほどの質問とは逆に、夢枕先生が思う佐藤監督の作品の魅力を教えてください。

佐藤「褒めてね(笑)」

夢枕「こだわりが強くて、そのこだわりに対して真っ直ぐだよね。そういうのが映像とか普段の姿にも出ていて」

佐藤「(笑)」

夢枕「今作ではそういったこだわりを、どれかにとらわれてないバランスがすごいよね。なにかにとらわれちゃうと、お話のバランスが悪くなることがあるじゃないですか。自分の好きなことだと特に。小説だとバランスが崩れた時は、別のものを増やして長くすることでバランスを取りますが、映画はある程度長さが初めに決まっているので、そういうこともできないじゃない。その制約のなかで、ほどよく混ぜてよく押し込んだなと思いますね」

佐藤「ありがとうございます!」

■「次は八百比丘尼をやろうと思っています」(佐藤)

――佐藤監督に「陰陽師」のこの話をやってほしい!というのはありますか?

佐藤「ないよね(笑)」

夢枕「あんまり言うと、ろくなことがないので(笑)」

佐藤「今作では、(蘆屋)道満とか出さなかったんだけど、原作の道満は何歳ぐらいの感じなんですか?」

夢枕「昔だったら山崎努さんのイメージだったんだよね」

佐藤「どこら辺?『八つ墓村』ぐらい時の?」

夢枕「『マルサの女』で片足が不自由な男性やったでしょ。あれから15年ぐらいの間のイメージかな。あの山崎努さんが、ちょっとひょうきんでワルでさ。足が不自由なことの苦労を見せないで、ちょっと主人公の女性を口説きかけたりする感じが、なんか道満の感じに近いかなと感じていました」

――小説を執筆している際に、俳優さんの顔が浮かぶことはあるのでしょうか。

夢枕「それはないですね。ただ、一時、博雅は岡野(玲子)さんの描く博雅が浮かんでいましたね」

佐藤「岡野さんが書いている時に、あれは加藤剛さんを思い浮かべているって話していたよ。それじゃあ、登場人物の声はどうなんですか?声が聞こえてくるのか、文章が見えてくるのか」

夢枕「具体的にどの役者っていうのはないかなあ。自分の中ではイメージとしてはあるんですけど。結構もう自分で喋りながら書いていますね」

佐藤「それで私は小説読むと、『獏さんだ…』って思うんだ。獏さんが朗読してくれている」

夢枕「登場人物になりきって書いていますね」

佐藤「すごいかっこいい美形キャラも獏さんだ(笑)」

夢枕「(笑)。だから『陰陽師』で言うと晴明と博雅と道満には、自分の中のなにかが全部入ってますね」

――イベントなどで佐藤監督は、『陰陽師0.1』『陰陽師0.2』と続編を作っていきたいとお話されていました。最後にこの構想を教えてください。

佐藤「次は八百比丘尼をやろうと思っています」

夢枕「“0”だと無限にできるんじゃない?“0.1”から“0.9”までいって、そのあとに“0.91”と続けて…」

佐藤「あと“1”になって、原作のエピソードもやりたいとも思いますね。ただ毎回お酒を飲むシーンから始まって、そのあとどこかに行ってまた戻ってくるという構成だと、やっぱり連続ドラマ向きだと思うんです。映画にするとしたら別の構成を考えないといけないかもです。いずれにしても獏さんと同じく、私も晴明と博雅をまだまだ描いていきたいですね」

取材・文/編集部

※山崎賢人の「崎」は「たつさき」が正式表記