日本人選手の「ブランド力」

 今季の本拠地開幕戦となった4月1日、メジャーデビュー戦のマウンドに上がったカブス今永昇太が、6回2安打無失点無四球9奪三振の快投を演じ、鮮やかな初勝利を飾った。6回の降板の際には、地元リグリーフィールドのファンは、スタンディングオベーションで日本から海を越えて来た左腕の好投を称えた。翌日2日には、不動の「2番右翼」に定着した鈴木誠也が、初回に弾丸ライナーの先制2ランをたたき込み、満員の観客席を沸かせた。

 今永は、今季から4年総額5300万ドル(約79億5000万円)、5年目の球団オプションを含めると最大8000万ドル(約120億円)の契約でカブスへ入団した。鈴木は2022年から5年総額8500万ドル(約127億5000万円)と、いずれも高額の条件でメジャー挑戦を実現させた。それまでメジャーでのプレー経験がないとはいえ、NPBや国際試合でのスカウティング、さらに映像やデータ分析が細分化した近年、メジャー各球団は日本人だけでなく、各国選手の資質を正確に把握しており、その結果、今永や鈴木のような大型の投資に踏み切るケースが頻繁になった。

 その一方で、日本人選手の「ブランド力」が、着実に上がっている側面も見逃せない。

佐々木朗希、村上宗隆も極秘視察

 メジャーでMVP2回の大谷翔平は別格としても、ドジャースが山本由伸と投手史上最高額となる12年総額3億2500万ドル(約487億5000円)で契約したのも、日本人選手への確かな信頼感に裏付けされたものと言っていい。

 大谷、山本が移籍したことで、日本ではドジャースに注目が集まっているものの、メジャートップクラスの人気と資金力を持つ名門カブスも黙っているつもりはない。

 昨季終盤、激しいポストシーズン争いを繰り広げている中、カブスのジェド・ホイヤー編成本部長は極秘で来日し、NPBで活躍する複数の有力選手を直接視察した。昨年3月のWBC以前から今永や山本らのスカウティングを継続してきただけでなく、来季以降のメジャー移籍が有力視されるロッテ佐々木朗希、ヤクルト村上宗隆らにも熱視線を送った。

日本の選手に「積極的に動いていくつもり」

 FA市場解禁後、ホイヤー編成本部長は「我々には日本人選手との歴史がある」と胸を張り、さらに真剣な表情で続けた。

「特定の選手については話せないが、海を渡って来そうな選手はすべて視察した。とても素晴らしい印象を受けた。もし、獲得に参戦しないのであれば日本へは行くことはしない。我々はセイヤ(鈴木)を獲得したことで良い経験をしたし、過去にも日本人選手と素晴らしい関係を築いてきた。積極的に動いていくつもりだ」

 1995年に野茂英雄がドジャース入りして以来、カブスは日本市場参入に関しては、ある意味で「後進球団」だった。マリナーズ、ジャイアンツなど西海岸の球団だけでなく、ヤンキース、メッツなどが続々と参戦する中、静観する期間が続いた。

すべては福留孝介から始まった

 カブスが日本人選手と契約したのは、08年の福留孝介が最初だった。だが、その後は、田口壮、藤川球児、高橋尚成、和田毅、川﨑宗則、上原浩治、ダルビッシュ有と、積極的に日本人選手を獲得し、着々と実績を積み上げてきた。

 レッドソックス時代、松坂大輔や岡島秀樹、田澤純一らの獲得にも携わったホイヤー編成本部長は、「日本通」と言われるだけでなく、日本球界からメジャーへ適応する難しさも正確に理解していた。

日本通が語る適応の難しさ

「米国の野球に慣れることは簡単ではない。慣れるまでの過程、いかに早く適応できるかを事前に予測することは難しい。期待されているパフォーマンスができるまで、1、2年を要することもあるかもしれない。すぐに結果を出すのはとても難しいことだ。技術面でも生活面でも新たな挑戦となる。米国での環境や言葉にも対応しなくてはならないし、同僚や監督と簡単に話すことができない難しい面もある。どれだけ早く適応できるか。それが一番難しいことだろう」

 日本人選手の勤勉さを知ることもあり、目先の結果だけを求めず、丹念なスカウティングを継続するスタンスは、今も変わっていない。

 昨オフ、早い時期に大谷と山本の争奪戦から撤退した一方で、今永との交渉では期限直前に参戦し、攻勢気味だった複数の他球団を出し抜く形で契約を結んだ。ホイヤー編成本部長が「扉が閉じる目前で真剣度が増した」と振り返った通り、電撃的な交渉経過だった。

多くの選手の獲得に参戦していくだろう

 今永との交渉の際、最終的な「ゴーサイン」を出したオーナーのトム・リケッツ氏は、昨季終了後、チーム再建への熱意をファンへのメッセージに込めた。

「2023年は、我々にとって大きなステップだった。来季はさらなる前進に期待している。カブスの将来は明るいと、自信を持って言える」

 昨季のカブスはポストシーズンにこそ届かなかったものの、6月8日時点の最大借金「10」から9月6日には最大貯金「12」まで巻き返すなど、最終的に地区2位に食い込み、着実に力を付けたことを実証した。

 今後も、不足したピースを埋め、常に優勝争いに加わるうえで、ホイヤー編成本部長は信頼度の高い日本人選手への興味を隠そうとはしない。

「多くの選手の獲得に参戦していくだろう」

 日本人市場でドジャースの独走を阻止するためにも、20年以来、4年ぶりとなるポストシーズンへ進出し、「勝てるチーム」として結果を残すことが重要となる。

文=四竈衛

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