馬車を操る御者や、計算手、電話交換手など、技術の進歩によってなくなってしまった仕事は確かに存在する。経済学者の井上智洋氏曰く、目覚ましいAIの進化によって我々が想像しているよりもはるかに多くの仕事が消滅する未来が待ち構えているようだ。すでに進みつつあるAIによる仕事の消滅のリアルを『AI失業 生成AIは私たちの仕事をどう奪うのか?』より一部抜粋してレポートする。

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歴史上繰り返し起きた技術的失業


2016年のAIブームの頃から、AIが雇用に与える影響について、盛んに議論がなされてきました。私のように「AI失業」の危機を声高に唱える人がいる一方で、「AIが仕事を奪うなんてことはあり得ない」と断言する識者も少なくありません。

しかし歴史を振り返れば、さまざまな技術が人々の仕事を奪ってきた事実が見えてきます。そのため、「AIに限っては私たちの仕事を奪わない」などとは考えにくいでしょう。

技術がもたらす失業を、経済学では「技術的失業」と言います。これは資本主義にはつきもので、1800年前後のイギリスで起きた最初の産業革命において、すでに目立った技術的失業が生じています。

その頃、「織機」(自動で布を織る機械)が普及し、それによってそれまで手で布を織っていた職人である「手織工」が失業しました。そして、怒りを覚えた手織工たちが、機械を打ち壊す抗議運動をしました。それが、みなさんが世界史で習った「ラッダイト運動」です。

20世紀初頭に自動車がもたらした失業も甚大なものでした。アメリカでは1900〜1920年ぐらいにかけて、自動車が急速に普及します。それまで、欧米では馬車がおもな交通手段でしたが、その馬車を操る御者という職業が消滅したのです。

また、「計算手(コンピュータ)」も消滅した職業として有名です。コンピュータは元々、計算する人を指す職業名で、それを日本語で計算手と呼んでいたのです。この職業も、電卓と機械のコンピュータが広まったことで消滅しました。

そのほか、電話交換手やタイピストなどなくなった職業はいくつかありますが、職業の消失よりも頻繁に見られるのは、1つの職業の中で雇用が減少していくという現象です。


1930年代の国際電話交換機


人は何かとゼロイチ思考で物事を考えがちです。AI失業についても、「職業が消滅するのかどうか」といった問いを立て、消滅しないと結論づけて安心する人がいます。

そうではなく、「各職業においていくらか雇用が減少する」といった程度問題に重きをおくべきです。特定の職業が消滅することはそれほど多くないにしても、この先数十年でその職業の雇用が何割か減るというのであれば、深刻な技術的失業の問題が発生するからです。

たとえば、デザイナーという職業は生成AIの普及によって雇用が減少するでしょうが、消滅するとは断言できません。その理由は、AIにはない独自性が発揮できる人であれば、今後も活躍できるからです。

それでも、若手のデザイナーで一生食いっぱぐれないと考えている人がいたら、よっぽど才能のある人でない限り、能天気と言わざるを得ないでしょう。デザイナーの雇用は減る可能性が高いからです。


「AI失業は大した問題にはならない」
という誤解


2013年に、オックスフォード大学のカール・ベネディクト・フレイ氏とマイケル・オズボーン氏は、「雇用の未来」という論文を発表しました。

この論文では、アメリカの労働者のうち、47%もの人が従事する職業が10〜20年後に消滅すると主張されており、AI失業に関する世界的な議論を巻き起こしました。もしも労働者の5割近くもが仕事を失うのであれば、それは確かに大変な問題です。

「雇用の未来」に対する反論の多くは、1つの職業には多数のタスクがあるというものでした。ITやAI、ロボットが奪うのは、たいがい多数のタスクのうちの1つや2つであり、大半ではない。したがって、職業の消滅はそれほど多くは起こらないというのです。

そのため、2018年頃には「AI失業は大した問題にはならない」という何となくのコンセンサスが経済学者の間で形成され、私のようにAI失業を警告する人の声はかき消されてしまいました。しかし、そのコンセンサスこそが、ミスリーディングなゼロイチ思考の産物なのです。それは具体的にはこういう思考です。



図2-1のように、スーパーの店員にはレジ打ちのほかに商品の発注や陳列といったタスクがある。このうち、セルフレジがレジ打ちのタスクを消滅させたとしても、ほかのタスクは残る。ゆえにスーパーの店員という職業は消滅しない。

このような結論が出たとしても、レジ打ちのタスクがなくなる分、雇用の何割かが減少する可能性は残ります。そうであれば、スーパーの店員が失業にさらされないとは言えないでしょう。

もう1つ、AI失業に関する議論をミスリードしているのは、「人間を代替する技術」は雇用を奪う可能性があるが、「人間の能力を拡張する技術」は雇用を奪わず、むしろ生産性を高めるといった主張です。

たとえば、レジ係とセルフレジは代替的です。それに対して、パワーポイントのスライドを作成してくれるAIは、私たちの能力を拡張するものと考えられます。営業で頻繁にパワーポイントを使う人は、こうしたAIが登場することによって労力を節約でき、その分より多くの仕事をこなせるようになります。こうして、拡張的な技術は生産性を向上させることができるというわけです。

しかし、「代替」と「拡張」には見かけほど違いがありません。セルフレジが導入されてレジ係が必要なくなれば、より少ない店員でこれまでと同じ量の仕事を回せるようになります。そのため、店舗をもう1軒増やすことが可能になるかもしれません。そうであれば、店員の能力が拡張されたものと考えることができます。

逆に、スライド作成係という職業があった場合、AIがスライドを作成できるようになれば、その係の人は解雇されるかもしれません。あるいは、そのような専門の職業がなかったとしても、スライド作成の手間が省ける分、より少ない人数で営業を行えるようになるため、営業職の雇用が減らされる可能性があります。

代替と拡張が異なって見えるのは、代替され得る専門の職業があるかないかだけのことであり、全体として労力が節約できるようなることには変わりありません。いずれの場合も、生産性が向上し、それがために技術的失業をもたらす可能性があることには注意すべきです。


技術的失業は
労働移動によって解決されてきた


これまで私は、「AIは失業をもたらすのではなく、生産性を向上させるものだ」と主張する記事をいくつも目にしてきました。この主張もまた、ミスリーディングにあたるでしょう。なぜなら、生産性向上と技術的失業は、ある局面では裏表の関係にあるからです。

新しい技術の導入によって、1人で3人分の仕事ができるように人間の能力が「拡張」されれば、3人のうちの残る2人は必要なくなり、解雇される可能性があります。この点は、先ほど述べたように「拡張」でも「代替」でもさほど変わりありません。そして、実際に雇用が減少するかどうかは、需要の動向に依存します。

生産性が高まったために商品の価格が低下して、それによって需要が十分増えれば雇用は減少せず、増大することもあります。要するに、値段が安くなったのでたくさん商品が売れて、それにより仕事が増えるという状況です。

たとえば、産業革命期に織機の導入によって綿製品が大量生産できるようになり、安くなりました。それによってたくさん売れるようになり、当時のイギリスの人々が綿のパンツを穿くという新しい習慣ができるに至ったほどです。そして、手織工の減った分を補ってあまりあるほどに工場労働者の雇用は増大しました(ただし、職を失った手織工の人たちがすぐに工場労働者になれたわけではなく、長らく失業状態におかれたことには注意すべきでしょう)。

それに対し、価格が安くなってもさほど需要が増大しなければ、生産性の向上によって人手がいらなくなり、雇用は減少します。産業革命期に比べて、今では綿製品の製造に携わる労働者は激減しているでしょう。もはや、生産性が上昇して綿の洋服が安くなっても、それほど購入量を増やさないからです。この場合、生産性が上昇すればするほど雇用は減少していきます。



生産性が上昇したときに、需要が増大するかどうかは、商品の普及度合いによって決定されることが多いです。図2-2は、横軸に経過年数をとり、縦軸に普及率をとっています。このような曲線を「ロジスティック曲線」と言います。多くの商品やサービスに関する需要は、ロジスティック曲線を描くことが知られています。

すなわち、多くの商品は普及が開始した当初は需要が増大します。需要が増大すれば、雇用が増大する可能性があります。しかし、やがて需要は飽和点に近くなり、増大の伸びが鈍くなります。これ以降は、生産性が上昇してもその分雇用は減少するばかりです。

重要なのは、多くの商品が需要の飽和点を抱えているということです。どんなに価格が安いからといって、綿のパンツを100着以上持っている人はあまりいないはずです。米を1日4合も5合も食べる人は少ないですし、洗濯機を2台、3台と複数購入する人はごく限られているでしょう。

仮に、洗濯機の需要が飽和してもなお生産性が上昇し続けるならば、洗濯機の製造に携わる人の何人かは、ほかの仕事に移る必要があります。同じ会社の他部署に移ることもあれば、解雇されて別の会社や業種に移ることもあるでしょう。

このような異動や転職を「労働移動」と言います。新しい技術は度々失業をもたらしてきましたが、そのような技術的失業が長期化・深刻化することが少なかったのは、労働移動によって解決されてきたからです。この事実は、これまで経済学者が見過ごしがちな点でした。経済学の教科書では、技術的失業も労働移動もほとんど説明されていません。

経済発展を通じて起こる労働移動というダイナミズムに、改めて注目する必要があるでしょう。大きなくくりで見ると、まず農業の生産性が向上したことで、工業への労働移動が起こりました。その後、工業の生産性が向上し、サービス業への労働移動が発生しました。



図2-3のように、第一次産業(農林水産業など)の就業者数は長期的に減少しており、第二次産業(工業や建設業など)も1992年に減少に転じました。これらの産業では、生産性が向上したからこそ雇用が減少してきたという点に注意すべきです。現在の日本で就業者数が増えているのは、生産性が向上しにくい第三次産業(サービス業など)のみです。


サービス業で起きた技術的失業は
どのように解決されるのか?


サービス業では物理的な定型作業が少ないため、20世紀までは機械化があまり進みませんでした。たとえば美容師の仕事は、ハサミの向きをその都度微調整しながら髪をカットするような不定形な作業が多く、機械化が困難でした。

19世紀から20世紀までに、工業製品は機械化がもたらす生産性の上昇によって大量に作れるようになりました。しかし、1人のお客さんの髪の毛をカットにするのにかかる時間は、昔も今も30分程度とほとんど変わらず、生産性の向上が見られないのです。

しかし、21世紀になってからはITがサービス業を効率化し、いくつかの職種で雇用を減らすようになりました。日本ではまだ目立った動きはありませんが、アメリカではすでに旅行代理店やコールセンターのスタッフがITによって仕事を奪われ、清掃員や介護士に転職するような事態が発生しています。



要するに、サービス業内の「ホワイトカラー」(知的労働者)から「ブルーカラー」(肉体労働者)に労働移動しているのです。その際、たいていの場合賃金は低下するため、アメリカにおける賃金の中央値(中間の人の賃金)は、伸び悩んでいます。つまり、一般的な労働者は豊かになっていないのです。

アメリカでは、続く2010年代のフィンテックブームのさなかに、AIが資産運用アドバイザーや保険の外交員といった専門職の雇用を減らしていきました。これらの雇用が減ったのは、資産運用や保険に関するアドバイスをしてくれる「ロボ・アドバイザー」というAIを組み込んだソフトウェアが登場したからです。

証券アナリストは、企業業績などをもとに投資の判断に必要なレポートを書くのがおもな仕事です。こちらもAIがそうしたレポートを書けるようになったため、雇用が減少しました。

金融業は数値データを中心に扱うため、元来コンピュータに向いています。そのような事情が背景にあり、金融に役立てられるようなAIはすでに2010年代に普及していたのです。

しかし、簡単に文章を書いたり画像を作ったりすることができるAIは、当時はまだ登場していませんでした。それゆえに、金融業以外の多くのホワイトカラーにとってAIの脅威は対岸の火事だったのです。

ところが、生成AIは言葉や画像を扱うあらゆる職業を脅かしています。その職業とは、ホワイトカラーのほぼすべてです。

今後、AIによって生産性が向上する分、また別の業務が増えて雇用は維持されるのではないかと考える人もいるでしょう。しかし、銀行業を見る限りはそうはならないと予想できます。

というのも、日本の銀行員の数は2018年には約29.9万人だったのですが、2022年には26.4万人にまで減っています。ほかの産業に先駆けて、AIによる影響をこうむった銀行業で雇用の減少が起きているのです。

ほかの業種でも、同様のことが起きるはずです。これからホワイトカラーは、ブルーカラーへ移動するか、AIにはない能力を発揮するか、失業を甘んじて受け入れるか、といった選択を迫られるでしょう。


写真/shutterstock


新しい仕事AIソリューションプランナーとは?
AIに代替られ始めているクリエイターたち


AI失業 生成AIは私たちの仕事をどう奪うのか?(SB新書)

井上智洋

2023/11/7

990円

264ページ

ISBN: 978-4815622374

人工知能(AI)で明暗が分かれる仕事、業界、日本社会…その未来を経済学者が大予測!

ChatGPTを代表格とする文章生成AI、ミッドジャーニーやステーブル・ディフュージョンに代表される画像生成AIなど、各ジャンルで高機能のAI技術が続々と誕生している今。あらゆるビジネスパーソンはそれらの概要を理解し、使いこなせなければ生き残れない時代が到来しているといえます。

さらには、最新のテクノロジーツールを自在に操れたうえで、自らのプレゼンスを高めるために、「己の付加価値をどうビジネスで生み出すか」が問われ始めてもいます。

そんななか、多くの働く人の頭にあることは、「テクノロジーによって自分の仕事が奪われるのではないか」「共生していくにしても、太刀打ちできる気がしない…」という危機感でしょう。

数年前は、「どんなに技術が進歩しても、ヒトにしかできない仕事やクリエイティビティはある」と信じて疑わなかった人々でさえ、この現実を目の前にして「いよいよ本格的に多くの人が失業するのでは?」と考えを一転させているはずです。本書は、かねてよりAIやメタバース、テクノロジーと雇用の関係性について、先見的な意見を述べてきた経済学者・井上氏が、この大変革期に「人工知能が私たちの雇用と経済に与える影響」についてやさしく語る1冊です。

AI失業 生成AIは私たちの仕事をどう奪うのか?

はじめに
第1章 生成AIが変える世界
第2章 AIで産業はどう変わるか?
第3章 人工知能は日本経済をどう変えるか?
第4章 AIと人間は共生可能か?