東京都中央区の日本橋高島屋で開催された「大黄金展」から販売価格1040万6000円の純金の茶わんを盗んだ容疑で江東区の堀江大(まさる)容疑者(32)が逮捕された事件。堀江容疑者が盗んだ茶わんは、事件当日の11日に買取店にて180万円で買いたたかれていた。茶わんは15日、台東区内の別の買取店で無事みつかったのだが、心身に不調を抱え、父親と二人で苦しい生活を送っていた堀江容疑者は少しでも早く金が欲しかったのだろうか。

「材料の重さだけで400万円を超えるはずが…」

堀江容疑者は11日昼前、高島屋本館8階の展示・即売会場でアクリル製のショーケースの中に保管されていた茶わんをリュックサックに詰めて盗んだ疑いがもたれている。

ショーケースは施錠されておらず、茶わんがなくなっていることに警備員が気づいたのは20分も経ってからで、杜撰な管理体制もやり玉に挙がっている。

「防犯カメラの映像に映っていた男を追っていた警視庁は13日に堀江容疑者を見つけ、任意同行の末、逮捕しています。本人は『盗んだ茶わんでお茶を飲もうとも思ったが換金した』『盗んだ当日に180万円で売った』と供述しています。茶わんを持って大黄金展の会場を出た後、江東区内の買取店で売ったとみられています」(社会部記者)

堀江容疑者が11日の何時ごろに売ったかはよくわかっていないが、同日夕方からテレビやネットで事件は大きく報じられていた。

「ふだんから生活に苦しかった堀江容疑者は任意同行に応じたとき、130万円を所持していたので、これが茶わんを売って得た金である可能性は高いです。茶わんは江東区内の買取店から転売され、15日に上野の別の買取店でみつかりました」(同前)

また、茶わんは重さが約380グラムあったとされるが、「地金は今、1グラムあたりの店頭買取価格が12000円を超えています。重さだけでも400万円の価値があるはずですから、供述どおり180万円で売ったのなら安すぎますね」と関係者は話す。

集英社オンラインの取材に応じた堀江容疑者の父親によると、堀江容疑者は心身に不調を抱え、働いても長く続かないため、生活保護を受けるなど、父親とふたりで苦しい生活を送っていた。

父親は「息子には借金が、最後に聞いたのは150(万)あるとか(言っていた)。何に使ったのかは聞いていない」と話しており、この話が本当ならば、借金額をやや上回る値段で売ったことになる。

カツオやシャチホコが被害に…

茶わんの作者である石川光一さんの家族は集英社オンラインの取材に「おじいちゃんもお父さんも(金細工の)職人で、うちの人は3代目です。本人は、今回のことで名前が出て困ったと言っていました。でも犯人が捕まってよかったです。

損害については、うちはもう(作品を)お店に納めちゃってるんでありませんが、でも困りますね、ほんとに…」と困惑した様子で話してくれた。

金の工芸品は派手な宣伝が付きもののため人の目を引き、過去にも窃盗のターゲットになってきた。一番有名な事件といえば1993年に高知市で発生した「純金カツオ盗難事件」だ。

政治部の元記者が解説する。

「バブル末期の1988年に当時の竹下登内閣が地域活性化を目的に、全国約3300の市町村に使い道が自由の1億円をばらまく“ふるさと創生事業”というのをやったことがあります。人口がバラバラの自治体に一律の額を配る世紀の愚行と言われ、人寄せパンダのようなばかばかしい事業に多くの自治体がカネを突っ込みました。

そのひとつがカツオの一本釣りで有名な高知県中土佐町。全長58センチ、総重量52キロ超の金のカツオ像をつくったんです。その後、県に所有が移った後の93年、展示されていた高知県立坂本龍馬記念館から盗まれたんです」

事件は大きく報じられ、高知県警は必死の捜査を行なった。

「当時、犯人が捕まらない中で焦る県警の捜査員に、ある記者が冗談で『カツオはもうバラバラのタタキにされているかもしれないですね』と言ったら『ふざけちゅうがか(ふざけてんのか)!』と怒鳴られていました(笑)。

ところが1994年になって、奈良県で別の窃盗で捕まった犯人が純金カツオ像も盗んだと供述。なんと、カツオは神戸の貿易商を通じ800万円で売り払われ、すでに溶かされていました。このときもかなり買いたたかれていたんですね」(当時を知る元社会部記者)

また、太閤記の出世物語で知られる岐阜県旧墨俣町(現大垣市)もふるさと創生資金で金のシャチホコをつくったが盗まれた。「2002年に展示していた歴史資料館から盗まれていきました。町はさらに2代目シャチホコもつくったのですが、2006年にまた泥棒が入って今度は腹ビレなどをもぎ取られていきました」(前出・社会部記者)

「販売警備体制が十分とはいえなかったことが問題点」

高島屋は事件発生翌日に開いた決算会見で、横山和久専務が「今回の原因は、商品が身近に触れられる展開に対し、アクリルケースに鍵の施錠機能がないこと、販売警備体制が十分とはいえなかったことが問題点だと考えています」と述べ、警備に落ち度があったことを認めている。

13日夜、息子の堀江容疑者が逮捕されたことを聞いた直後に父親は「(逮捕されたことは)初めて。そんな…する子じゃないんです」と憔悴しきった様子を見せた。

生活保護を受けていると明かし「みなさんのお金をね、私らそれで生かされてんだから。それで十分。外食なんか、もってのほかです」と苦しい生活ぶりを話しながら、息子に何があったのかを必死に考え、混乱しきった言葉も口にした。

「いや、私からしたら、なんでそんな高いもん、(展示場のアクリルケースが無施錠で)簡単に開くようにしてたのかって。そうでしょ。一千万円もするやつ。そんな『はい、持って行っていいよ』みたいな準備するの、おかしいですよ。手え出した人が一番、悪いんだけど…。

困った人10人歩かして、その前に一万円札置いたら9人は拾うと思いますよ。拾う人と拾わない人はいる。それは本当にお金、毎年困っている人でないとこの気持ちはわからないと思う」(堀江容疑者の父親)

貧困の中にいた青年が、贅沢の象徴である大黄金展でやすやすと手に入れてしまった1千万円の茶わんを、180万円で買いたたかれる……黒澤明が『天国と地獄』で描いた貧富の光陰が目の前に立ち上がってくるような事件ではある。

取材・文/集英社オンライン編集部ニュース班