いま首都圏・近畿圏を中心とした中高の女子校で、トランスジェンダーの学生を受け入れることへの議論が進んでいる。国内でもすでに女子大では受け入れている大学もあるが、中高生という多感な時期ということもあり不安の声が挙がっている。性科学やジェンダー問題について詳しい、大阪公立大学教授の東優子氏に聞いた。

東京や神戸の女子校で受け入れを検討中だが…

戸籍上は男性でも性自認が女性であるトランスジェンダーの生徒について、首都圏・近畿地方の私立女子中学・高校のうち、少なくとも14校が受験や入学を認めることについて検討していることが、2月10日の産経新聞が行なったアンケートでわかった。

「検討中」としたのは、女子学院中学校・高校(東京)や神戸女学院中学部・高等学部(兵庫)、奈良文化高校(奈良)などだという。

近年、世界的に多様性が重要視されるようになり、LGBTQなど性的マイノリティに対する差別をなくすための取り組みも進み、日本でもそうした意識が強くなってきている。

しかし、今回の女子中高におけるトランスジェンダー受け入れについては、批判の声や不安視する声も多いのが現状だ。

ネット上では「未成熟な生徒への影響が大きい。受け入れは慎重にすべき」との意見や、「セックス(生物学的性)とジェンダー(社会的・文化的性)を混ぜないでほしい。女子校は女子の尊厳を守るために必要だし、男が入る場所じゃない」という意見も。

また、「なりすまし」も問題視されている。2022年には大阪府のスーパー銭湯の女湯に侵入して書類送検された当時48歳の男性が、当初は自身がトランスジェンダーだと偽っていたという事件があり、こうしたニュースから女子校にもそういった不安が広がっているのである。

――トランスジェンダー受け入れ問題についてどう向き合っていくべきなのか。今回は性科学やジェンダー問題について詳しい大阪公立大学教授の東優子氏に聞いた。

なりすまし問題、本来は女子校での論点ではない?

「まず大前提として、女子校といった教育現場において、なりすまし問題の可能性は限りなくゼロに近いので、論点のひとつになっていること自体がおかしいと感じます。公衆浴場や商業施設のトイレなど不特定多数の人が出入りするような場所と、学校というある意味閉ざされた空間で起こり得る問題は、まったく別ものと考えるべきでしょう。

そして、中学生なら12歳、高校生なら15歳という生徒が女子校に忍び込むために、意図的に性自認を偽って女性になりすますというのは、想定としてあまりに非現実的。自分の家族や近隣住民、教員、友人との密な関わりがある中で、それらをすべて騙して『下心』だけで入学までこぎつけるということを子どもがするでしょうか」(東氏、以下同)
 

入学後にトランスジェンダーではなかったと気づくことはあっても、女性に対する下心や悪意を持って最初から入学する子どもはいないに等しいとのことだ。

「学校というのは、馴染ある顔ぶれが日常生活を共にし、勉学や諸活動に励む場です。ある意味閉ざされた世界なのであって、かつトランスジェンダーの生徒は完全なマイノリティです。入学前から注目される『学年や学校にたった一人』であるという状況を想像してみてください。

トランスジェンダーの存在が脅威になるかのように語る周囲や社会が、その生徒にとって学校を不安全で生きづらい場にしてしまうことはあっても、その逆は限りなくありえない話なのです。むしろ、そうした語りが子どもの尊厳を傷つけ、教育の機会を奪いかねないだけに、そちらの問題のほうがよほど深刻です」

なるほど、現実的に考えれば女子校へのなりすまし問題はほぼ心配ないということか。とはいえ、保護者のなかにはそれでもなりすましを不安視する層もいるだろう。「なりすまし」を排除するための審査など、対策はどうあるべきなのだろうか。

「戸籍や出生証明書上の性別とは異なる性別で入学を希望する場合、おそらくその生徒は事前に専門外来に連れて行かれるなど、専門家のアセスメントを受けているはず。診断書の提出を求める学校が多いという話も聞きます。しかし、専門家の意見書があり、本人の自己判断・自己決定能力に問題がないことが確認できれば、それ以上の過剰な審査は必要ないと思います。

「なりすまし」といった事件が起こると、「ほらやっぱり」といった声がトランスジェンダーの子どもたちの耳にも届くことでしょう。犯罪者と同一視されたり、そうした疑いの目を向けられることは、当事者にとって恐怖以外の何ものでもないはず。トランスジェンダーの生徒を危険視するよりも、彼らをそうした恐怖から守ってあげるために、私たち大人には何ができるだろうかという想像力を持つことこそが大事ではないでしょうか」

差別を助長するかもという認識が薄いことが大問題

日本では現状、トランスジェンダーの生徒についてどのような対応がとられているのだろうか。

「2016年に文部科学省が発表した、性同一性障害や性的指向・性自認に係わる児童生徒への対応例をまとめた教職員向けの冊子には、トランスジェンダーの生徒のトイレ使用時の対応事例として、『教職員トイレ・多目的トイレの使用を認める』が紹介されています。

女子トイレの使用を禁止する理由として挙げられるのは、周囲の生徒への配慮です。ここでもまた、「なりすまし」問題と同じで、盗撮などの性犯罪を目的とした男性が紛れ込むイメージで、トランスジェンダーの生徒が混乱を引き起こす原因として語られ、対策すべき対象として扱われてしまっています。

しかし実際のところ、どうなんでしょうか。トランスジェンダーの生徒が女友だちと仲よく手を繋いで女子トイレに入ろうとしたところ、先生に止められて、多目的トイレを使用するように指導されたというエピソードを聞いたことがあります。別の例では、カムアウトしていないトランスジェンダーの生徒が、いつもひとりだけ遠くにある多目的トイレを使うので同級生が不思議がり、説明に困るといったエピソードもあります」

ちなみに2024年度入学者よりトランスジェンダーの受験資格を認めた日本女子大学では、トイレ問題に対して学内の建物ごとに多目的トイレを設置することで対応しているという。

東氏は文科省のトイレ問題への対応策をはじめとして、日本の教育現場におけるトランスジェンダーの生徒に対する“区別”や“隔離”には、大きな問題点があると指摘する。

「同じトイレを使わせないでと訴える同級生がいないとは思いません。しかし、その理由が不安によるものなら、その不安を解消するための対話や教育など、あらゆる努力をすべきであって、問題解決の手段がマイノリティの隔離であってはならないと思います。
 

トランスジェンダーを他と区別したり、隔離したりして周囲とは違う対応をすることは、その生徒の尊厳を大きく傷つけることになります。

文科省が紹介しているトイレの対応事例もそうですが、日本ではマイノリティの生きづらさを想像し、問題解消を図ろうとするよりも、『周囲の理解、周囲への配慮』が優先されてしまう。声をあげたくてもあげられない、声をあげても届かない中で、彼らの生きづらさはいつまでも放置されてしまうことになります。

トランスジェンダーの生徒の生きづらさを解消していくためにも、まず何に困っているのか、どんな風に困っているのかに耳を傾け、想像力を働かせることが重要だと思います」

取材・文/瑠璃光丸凪/A4studio 写真/shutterstock