戦前型父性を全面的に打ち出した飯田家の商人(起業家)教育が奏功した背景には5つ要因がある。①商家という家庭環境、②革新型リーダーシップのロールモデルとなった紋治郎氏の存在、③戦前型父性を家庭内外ともが肯定する社会的規範、④息子たちが聞く耳を持っていた、⑤息子たちに命令するだけではなく常に考えさせる機会を与えた――ことなどだ。

飯田兄弟は全員、第2次世界大戦(太平洋戦争)と戦後をたくましく生き抜いてきた。

戦時中、神奈川県の湘南に疎開したものの、日本橋に帰ってみると東京大空襲で焼け野原になっていた。あれほど強気だった父が焼け失せてしまった岡永を見て肩を落とした。飯田兄弟は、その姿を目の当たりにしている。

寂しい「おやじの背中」を見た長男の博氏は弟たちに呼びかけた。

「進駐軍の兵隊がチューインガムなるものを噛んでいる。あれをつくれば売れるぞ」

創造性に富んだ起業家精神の萌芽

ところが、製造方法がまったくわからなかった。兄弟で話し合っているうちに「あれはゴムだから、ゴム長(靴)でも溶かせばいいんじゃないか」という結論に達した。実際に試してみた。言うまでもなく大失敗。しかし、この幼稚なドタバタ劇には、創造性に富んだ起業家精神の萌芽が見られる。

紋治郎氏のような父親はいまでは絶滅危惧種だろう。家庭では、ものわかりのよい「友達のようなパパ・ママ」がデファクト・スタンダードになっている。少子化が進む中、受験生確保に躍起になっている大学や人材不足で売り手市場に転じた企業でも、あまり厳しいことを言わない先生や上司が好まれる。一般社員が、管理職や社長を捕まえて「上から目線だ」と非難するようになってきた。

誰も厳しい指摘はしない、言葉に気を付けるばかりに言葉数が減り、遠慮だらけの「やさしき時代」が続けば、日本の未来はどうなっているのだろうか。筆者はたんに昔がよかったとは言っていない。「心理的安全性」「人的資本経営」を否定しているわけでもない。だが、温故知新も悪くないのではないか。

著者:長田 貴仁