トヨタの水素燃料電池システムを搭載した船がついに竣工しました。北九州を中心に、一般人でも乗れる観光船として運用される見込みですが、本当の用途は、洋上の風力発電所への輸送船。“世界初”は達成したものの、課題も見えています。

未来感バリバリ だって「船版MIRAI」だもん

 日本財団が推進する「ゼロエミッション船プロジェクト」の一環として開発が行われていた水素燃料電池船「HANARIA」が2024年3月に竣工し、ゼロエミッション運航に成功しました。同財団の海野光行常務理事は「さまざまな新燃料が選択肢に上がっているが、最後は水素しかない」と話し、水素燃料船の普及に向けて取り組んでいく方針を示しています。

「HANARIA」は洋上風力発電施設への人員輸送や関係者の視察・見学等に利用可能な旅客船で、2024年3月に竣工しました。総トン数は248トンで旅客定員は100人。動力源として水素燃料電池2基とリチウムイオンバッテリー2基、ディーゼル発電機1基を搭載しています。ただし、後述するように最初のうちは主に北九州で観光船として使われます。

 水素燃料電池やリチウムイオンバッテリーを活用するゼロエミッションモードと、バイオディーゼル燃料も使用する通常運航モードをシームレスに切り替えることが可能で、化石燃料と比較してCO2(二酸化炭素)の排出を53%から100%削減できます。航海速力は10.5ノットですが、ゼロエミモードでの航続時間は8ノットで約6時間となっています。船首と船尾には1基ずつスラスターが付いているため、狭い海域でも方向転換をスムーズに行えます。

 開発したのは商船三井グループの商船三井テクノトレードの子会社「MOTENA-Sea(モテナシー)」を代表とするコンソーシアム。船体の建造は本瓦造船が手掛けました。船を所有しているのはMOTENA-Seaで、運航は関門汽船が、水素の供給と調達は太陽日酸が担います。

 搭載されているヤンマーパワーテクノロジーの舶用水素燃料電池システムは、トヨタ自動車が生産する燃料電池自動車(FCEV)「MIRAI」用の燃料電池ユニットを活用して開発されました。

 トヨタ自動車水素ファクトリーの濱村芳彦チーフプロジェクトリーダーは「水素と酸素から電気をつくる燃料電池技術と、水素を高圧の状態で貯め、安全に燃料電池のエネルギーを供給する水素貯蔵の技術を船舶である『HANARIA』にフィッティングして使ってもらっている。船舶における水素燃料電池実装の第一歩を踏み出せた」と評価しています。

これが船か…! 発電機の音すらしない船内

 3月27日に小倉港と白鳥沖洋上風力発電施設の間で行われた実証実験では、出発から到着まで水素燃料による運航を実施。往復30km、約3時間45分にわたりCO2(二酸化炭素)を一切排出しないゼロエミモードで航行しました。これは、「水素燃料電池を搭載した洋上風車作業船での、CO2を一切排出しないゼロエミッション運航は世界初」とされています。

「ゼロエミッションでの運航が無事に成功し、水素が船舶の燃料として十分に使えることが確認できた。加えて言えば『HANARIA』は20総トン以上の船舶としては国内初の水素燃料電池船だ。一つのモデルとして今後の普及につなげていけばと思っている」(海野常務理事)

 実際、報道関係者向けに小倉港内で行われた体験航海に乗船した際、離着岸時は床下から発電機の音と震動が伝わってきたものの、水素燃料電池での発電に切り替わると非常に静かになりました。「HANARIA」は関門海峡クルーズなどに投入されることが決まっており、ディーゼル特有の臭いや震動が無いのは、海の風景を楽しむ観光船としては大きなアドバンテージに繋がると思われます。

 一方で「HANARIA」自体は洋上風車作業船(CTV)として開発されており、海野常務理事も「CTVがメイン」と話しています。しかし国内に設置されている洋上風車はまだ少なく、現時点でビジネスとして成り立ちません。そのため洋上風発市場が大きくなるまでは「観光船として使いつつ、CTVにも使えるような形になる」と述べました。

 これに加えて水素燃料のバンカリング(船への供給)についても課題が残っています。「HANARIA」で使用する水素は、福岡県内にあるENEOSの水素ステーションで充填した水素タンクをユニック車で輸送し、岸壁からクレーンを使用して船上に積み込む必要があります。これは、北九州地区で生産される水素は全て使い手が決まっており、「HANARIA」が拠点とする小倉や門司の近くから調達ができないという事情があります。

 MOTENA-Seaの髙尾和俊社長は、脱炭素化の流れが広がる中で水素を探すことが難しくなっていることに触れ、「水素の輸送コストは遠ければ遠くなるほど大きくなる。水素の自己調達に向けて独自に水素の洋上ステーションを整備することも考えている」と話していました。

「燃料電池では限界」狙うは水素“直焚き”

 さらに海野常務理事は「内航船のことを考えると1000総トン級や2000総トン級という大きな船に対応しなければならないが、水素燃料電池では限界がある」と指摘。「大きな船も動かせる水素直焚きエンジンの開発を早く進めることが重要だ」と述べています。「2026年までには世界初の水素専焼エンジンを搭載したゼロエミッション船を実現したい」との考えも示しました。

 実際、「HANARIA」以外の水素燃料船プロジェクトは、水素専焼エンジンを搭載する船舶を開発するものです。いずれも2026年度には実証実験を行う予定で、常石グループのプロジェクトでは水素を供給するインフラ整備まで踏み込んでいます。

 造船会社の常石造船が参画している「水素エンジンゼロエミッション船実証運航コンソーシアム」は、水素専焼中速エンジンを搭載したレストラン船の開発を目指しています。代表会社はツネイシクラフト&ファシリティーズ、神原汽船、ベルギー海運大手のCMBが出資するジャパンハイドロです。

 ヤンマーパワーテクノロジーを代表会社とする「舶用水素4ストロークエンジンと水素エンジン対応大型内航タンカーの開発・実証」では、既存の内航タンカーに水素専焼の小型高速エンジンを搭載するレトロフィット工事を行うことで、重油焚きから水素焚きへ転換できるシステムの開発を目指します。

 日本財団の水素燃料船プロジェクトで先陣を切った「HANARIA」。同船は小さい船ですが、水素燃料船の商用化に向けた鍵となる存在です。実際の運航では一般の人も乗れるプランもあるので、ぜひ未来の船の旅を楽しんでみてください。