フィニッシュ後の2人は、対照的だった。

 3月21日、フィギュアスケートの世界選手権ペアのフリー。演技を終えると、力をすべて振り絞ったように、木原龍一は氷上に手を突いた。三浦璃来の表情は硬かった。中盤、サイドバイサイドのトリプルサルコウが2回転になったことが脳裏にあったのか。

 得点を待つキスアンドクライでも表情が和らぐことのない三浦を、木原はあたたかな表情で労う。

 得点が出る。144.35点。笑顔を見せる木原とブルーノ・マルコットコーチに挟まれ、三浦の表情は簡単には和らがない。

 今までも目にした、彼らの日常のような光景があった。しかしその内実は、今までと同じではなかった。

木原を苦しめた腰椎分離症

 昨シーズンの世界選手権で念願の世界一に輝いた三浦と木原は、しかし今シーズン、思いがけないアクシデントに見舞われた。

 昨年9月、シーズン初戦としてオータムクラシックに出場。この大会を2位で終えた2人は、次の大会としてグランプリシリーズ開幕戦である10月のスケートアメリカを予定していた。だがこの大会を木原の腰椎分離症により欠場。ペアにはつきものと言えるが、8月頃から違和感があり、徐々に痛みを伴い悪化していたという。

 10月には、11月末のNHK杯欠場を発表し、その後全日本選手権の欠場も発表。シーズン初戦となったのは年が明けて2月の四大陸選手権。腰の状態を含め試合に出られるレベルになったと思えたことから出場した大会だったが、ペアの技の練習を始めたのは1月の2週目、ショートプログラムの通し練習は大会の2週間前から、フリーは1週間前からと急ピッチで仕上げての大会であったことも、怪我から回復するまでにかかった時間の長さを思わせた。

 四大陸選手権を2位で終えて、迎えたのが世界選手権だった。

それでも表現した「2人ならではの世界」

 ショートプログラムは『Dare You to Move』。「君はまだ立てるはずさ」の意味を持つ曲の世界を存分に表し2位スタート。

「自分たちの中で自信を持てる練習をしてきたので、リラックスしてできました」(木原)

「今シーズンは龍一君の怪我があってオータム、四大陸といいショートを滑ることができなかったんですけど、ほんとうにいいショートだったかなと思います」(三浦)

 手ごたえを得た2人はフリーを迎える。曲は北京五輪のあった2021−2022シーズンの『Woman』を選んだ。

 その演技も2人ならではの世界を築いた。冒頭は高さのあるツイストリフト。トリプルトウループから3連続ジャンプを着氷、その後も切れ味のあるデススパイラル、リフトなどを、ときにスピード豊かに、ときにダイナミックにみせていく。

 結果、フリーは1位。総合では2位で銀メダルを獲得した。

 それでもパーフェクトでなかったことに悔しさをみせるのは、いつもの三浦だった。それを包みこむような笑顔の木原も、いつもの木原だった。

深まった、互いをサポートする関係性

 しかし、これまでとすべてが同じわけではなかった。

 昨シーズンは開幕前に三浦の怪我があり、木原は懸命にサポートにあたった。今シーズンは初戦の前から予兆はあったものの、開幕してから木原の腰の状態が悪化し、試合に出られない期間が続いた。木原はトロントでリハビリに取り組む日々が続いたが、三浦も肩の強化のためリハビリに取り組んだ。

 一緒に励むことで、2人一緒に強くなる。ブルーノ・マルコットコーチのアドバイスだった。

 それを実践して「強くなれた」と手ごたえを得た。また、三浦がサポートする局面もあった。思いがけない出来事をも糧として進んできた。今までよりも強さを備え、互いをサポートする関係も深めた。その一面を見せたのが世界選手権だ。2人が目標とする2026年のミラノ・コルティナダンペッツォ五輪へ向かう強い意志のもとで示した成長の過程でもある。

 そして2位となったことで、規定により来年の世界選手権におけるペアの日本の出場枠3を確保することができた。若いペアの選手たちも出てきている中、2人は大きな役割を果たした。

周囲への配慮を忘れない木原らしさ

 試合後の会見、表彰式は木原に過呼吸の症状が出たことから欠席。

 2日後に機会が設けられ、2人は銀メダルを手にした。質問に答える中で木原はこう言ったという。

「ストレッチャーに乗せていただいたんですけれど、ふだんはリフトをする側で、パートナーの気持ちが分かりました」

 ユーモアを込めた言葉は、いつもポジティブであろうと心がけ、そして周囲への配慮を忘れない木原らしかった。

文=松原孝臣

photograph by JIJI PRESS