大谷翔平を近くで取材し続けてきた「ロサンゼルス・タイムズ」記者のディラン・ヘルナンデス、「ジ・アスレチック」記者のサム・ブラム。2人が“忖度ゼロ”で明かした大谷翔平のメディア対応とネズ・バレロへの苦言とは? 4月12日発売の『米番記者が見た大谷翔平 メジャー史上最高選手の実像』(朝日新書)より、一部抜粋してお届けします。(全2回の2回目)※文中「トモヤ」は聞き手・訳の在米ジャーナリスト、志村朋哉氏

取材制限は異例なのか?

トモヤ エンゼルスは、大谷への取材を彼が登板した日だけに制限していた。それはやっぱり異例なことだよね。

ディラン とても珍しいこと。ダルビッシュもそうだったかもしれないけど、彼はドジャースに3カ月くらいしかいなかったから、よく分からない。松坂大輔の時も、非常に限られていた。言語が障壁にはなっている。たとえば、サムが彼と話すには通訳が必要だから、チームの助けが必要になる。おかしなことに、スティーブン・ストラスバーグが新人だった時、大谷と同じように登板日の短い会見だけに制限して話題になった。球団が「彼に話しかけるな」と言ったんだ。

 僕は何かをするなと言われると、普段は本能的にそれをしに行くんだけど、日本人が周りにいると、僕も妙に日本人らしく振る舞ってしまうところがある。トモヤも同じ問題を経験しているか分からないけど。

トモヤ ある、ある。日本語を話している時と、英語を話している時で性格が変わる。日本人と話していると、自然と控え目になるというか。

ディラン 日本の戸籍上の僕の名前は、母の旧姓と、こっちのミドルネームで、ワタナベ・オサムなんだ。日本の学校に通っていた時は、その名前を使っていた。ワタナベ・オサムは、とても静かでルールに従う人間で、日本人に囲まれていると、その自分になるんだ。そういう時は、なぜか集団からはみ出すのが難しくなって、「やってられねー」とは言えなくなる。

 でも日本語が使えるのは、大抵の場合は有利に働く。選手も自分を頼ってくるし。黒田も何が起きているか分からない時なんかに、僕に聞いてきた。サイン盗みの件があった時は、ダルビッシュが僕に連絡してきて、「ロサンゼルスの人に伝えたいことがあるんだけど、英語に訳してくれないか」とお願いしてきた。

 イチローはどうだったのか知らないけど、日本人選手へのアクセスが制限されるのは珍しいことではなかった。でも、大谷がメディアにあまり語らないことがここまでアメリカでも話題になるのは、これまでの日本人選手に比べて活躍がずば抜けているからだと思う。アメリカのメディアさえも、エンゼルスを取材するのは大谷がいるから。それだけ彼のステータスが高いってこと。

バレロの「奇妙な声明」

トモヤ 制限を決めているのは、エンゼルスではなく、代理人のネズ・バレロだったの?

ディラン 僕はそう理解している。大谷のやっていることは、別に問題がないのに、ネズが問題を作り出しているだけな感じがする。だって、日本にいた時は、大谷は先発登板後だけじゃなくて前日にも記者に話していたんだから。日本ハムも彼へのアクセスを制限はしていたけど、エンゼルスほどではなかった。

サム エンゼルスが主導したわけじゃないけど、ネズの望むことを望む通りの方法でやらせてはいた。ネズは、メディアの仕事を理解しているとは思えない。彼は先日、大谷の考えていることについて、記者はポジティブな記事を書く必要があると説明し始めたんだ。公の場で、記者にポジティブな記事を書けと言うのは、愚かなやり方だよ。彼は大谷がほとんどメディアと接しないシステムを作ってしまった。賢明ではないよ。

 2度目の手術についてネズが声明文を出した時も、それが何という手術なのかすら書いていなかった。そればかりか、医師が「24年は打者として出場できて、25年には投手として復帰できる」と断言する奇妙なコメントが含まれていた。復帰時期を断言する医師のコメントなんて他では見たことがない。ネズはメディアを、自分のメッセージを伝える手段だと考えている。でも本来のメディアは、質問して、正確な答えを得て、それをもとに状況を分析したり評価したりすることが役割なんだ。

エンゼルス「発言撤回」ウラ側

 確かに、ロッカールームで大谷に制限なしに取材を許すには、記者の数が多すぎる。みんなそれは理解している。シーズンを通して限られた場面での取材機会を設けるのは理にかなっている。それを踏まえた上で、記者たちは、週に1、2度くらい、試合前に彼にプレーやそれ以外について質問できる機会を設けてほしいとネズや球団に働きかけていた。そうすれば、投手として完封した直後に、移籍について聞かなくてすむようになる。

 問題が表面化したのは、大谷が肘を故障した後に、一切、話す場を設けなかった時。大谷のせいというよりは、ネズの責任だと思うよ。そのせいで、大谷に何が起きているか全てを把握しているわけではない球団が、代わりに説明する羽目になった。その結果、球団は、「彼にMRIを受けさせる必要はなかった」と説明したのに、後から「大谷がMRIを拒否した」と発言を撤回しなければならなくなった。

 大谷がいつ、どんなことを話すかについて、もう少し球団とネズがうまくコミュニケーションをとっていれば、問題は起きなかったはず。たとえば、大谷のロッカーが突然、整理されていた時のような。大谷が記者にそれを見られることを気にしていたかどうかは分からない。でも、少なくともエンゼルスは、ロッカーが片付けられていたことを知らなかった。だから、僕ら記者は、それを見て想像をめぐらせるしかなかった。それは球団の広報チームも同じだった。「これをどう説明すればいいんだ」と。あの夜、メディアは、エンゼルスに気を遣ったと思うよ。ロッカーが片付けられていたことを報じるまで30分近く待ったんだから。球団から説明があるかもしれないから。僕らもこれが色々な憶測を呼ぶ大きなニュースになることを理解していた。

大谷の“周囲”を問題視

 話が脱線しているのは分かっている。ただ、この件がおおごとになる必要はなかったと思っているんだ。ネズの要求通りに、大谷をメディアの前で話させないようにしたことはエンゼルスの責任だよ。

 もちろん、大谷にも責任はある。29歳の大人なんだから。彼が話したければ話せばいいだけのこと。僕は別に誰に恨みもないよ。「僕たちと話さないなんて、こいつはクソだ」なんて思ってもいない。大谷には敬意を持っているし、ディランが言うように、大谷の僕らに対する態度にも敬意がある。質問にも、ちゃんと答えてくれる。誰かが質問している時に、勝手に立ち去るようなことはない。自分のミスをちゃんと認めるし、数少ないけれど、うまくいかなかった時も責任を認める。自分のミスでない時ですら責任を口にする。彼の周りの人間や球団が、大谷が自分の口で説明しないですむような環境を作ってしまったことに問題がある。エンゼルスの広報は、日米の記者にできる限りの情報を提供しようと最善を尽くしていたのは知っている。それよりも、大谷の周囲の人々によって醸成された環境だった。

「それがプロスポーツというもの」

 僕はアンソニー・レンドーンが記者に話さないことに批判的だった。というのも大谷とは立場が違う。怪我をして試合に出ていないし、大型契約を結んでチームの顔の一人になったわけだから。

 でも大谷もチームの「顔」になる存在としてドジャースと大型契約を結んだ。それによって、もう少し前面に出てくることが求められると思う。ネズも、もう少し彼に話させる必要が出てきて、大谷も自身の状況について積極的に自分の口で説明する必要が出てくる。

 これはメディアをなだめるためではない。大谷という選手について知りたいという、あらゆる人の欲求に応えるため。何も私生活を明かせとか、趣味や興味について話せと言ってるんじゃない。フィールド上で起きていることや、自身の怪我についてとかをきちんと自分の口で語る。それがプロスポーツというもの。そうした情報があることで、見ている人もより楽しむことができる。

『アメリカ人に「大谷翔平スゴい」を言わせたい日本メディア…米記者の疑問』編からつづく

文=サム・ブラム+ディラン・ヘルナンデス

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