Marcela Ayres

[ブラジリア 2日 ロイター] - ブラジルで絶大な人気を誇る決済システム「ピックス(Pix)」はわずか3年の間に、現金や振込に代わって支払い手段の主流となった。今や、活況を呈するオンラインショッピング業界でもクレジットカードの優位を脅かそうとしている。

ピックスは2020年11月に導入された、ブラジル中央銀行が主導する即時決済システム。オンライン小売企業にとっては福音となり、利益率が薄い同セクターでのキャッシュフローを後押しし、クレジットカードの既存インフラをベースに構築された銀行やフィンテック企業の従来型ビジネスを切り崩している。

中銀のロベルト・カンポス・ネト総裁は約2年前、「オープンファイナンス」構想とピックスの潜在能力を論じるなかで「クレジットカードは近いうちに姿を消すと思う」と述べた。「このシステムがあれば、クレジットカードを持つ必要はなくなる」

その後の市場のトレンドは、総裁の予測を裏付けるものとなった。

ブラジル中銀のデータと業界団体であるブラジルクレジットカード協会(ABECS)によれば、昨年のピックスの利用件数は74%急増し、国内経済全体で420億件近くとなった。決済額はクレジットカードとデビットカードの合計を約23%上回った。

消費者にとってピックス乗り換えへのハードルは低い。財布に手を伸ばす代わりに、何らかの銀行系アプリでQRコードをスキャンするだけで済む。だが販売業者から見れば、これまで有利な立場にあったカード決済業界の形勢を大きく逆転させるものだ。

電子商取引を専門とする調査会社ネオトラストによれば、ネットショッピング業界においてピックス決済による注文は2年間で22%ポイントの伸びを示し、12月の時点では購入全体の約3分の1を占めた。同時期、クレジットカードによる注文は5%ポイント減の51%となった。

中央銀行は定期支払いや分割払いなど、今年からピックスの新機能が始まることを発表しており、現在の傾向はさらに強まりそうだ。ある当局者は、これにより小売業界におけるピックスの役割が拡大するとみている。

ブラジルの消費者はほとんど意識していないが、デビットカードやクレジットカードでの支払いは、ビザ、マスターカード、アメリカン・エキスプレス(アメックス)などのカードネットワークや、シエロ、Rede、ストーンコー、ゲットネット、パグバンクなどの決済代行会社、そして銀行を中心とするカード発行会社の間で割引手数料を分割し、販売者が支払う必要がある。

ピックスが仲介事業者を排除したことにより、クレジットカード会社は取引額の一部を手数料として得ることができなくなり、決済処理企業の取り分もクレジットカードやデビットカードの取引よりも大幅に少なくなっている。

小売企業が負担するピックスのコストは、各々の決済額の平均0.22%。これに対し、国際決済銀行(BIS)の論文によれば、ブラジルにおけるデビットカードの手数料は各売上高の1%以上、クレジットカードの手数料は同2.2%にも達することがあるという。

ゴールドマン・サックスは顧客向けノートで、ピックスの成長により「クレジットカードの利用や事前決済の取引高が限定的になる可能性がある」と説明した。アナリストらは、クレジットカード売上の早期支払いによる追加手数料が決済処理事業者の収益に占める比重はかなり大きく、ストーンコー、パグバンク、シエロの各社でそれぞれ49%、34%、9%になると指摘している。

各社はコメント要請に応じなかった。

ブラジルのクレジットカード業界大手はこうした不穏な兆候を前に、アプローチを変えつつある。

シエロの支配株主である国営ブラジル銀行とブラデスコは2月、株式非公開化に向けた計画を発表した。スペインの銀行サンタンデール傘下にある競合他社ゲットネットが2022年に通ってきたのと同じ道だ。

この動きに詳しい2人の情報提供者が匿名を条件にロイターに語ったところでは、非公開化により複数のサービスをまとめた統合商品の提供が容易になり、小売会社をクレジットカードに結びつける既存事業への依存度を抑えられるという。

ブラジル銀行はロイターからの質問に対して「当行とブラデスコは、シエロのガバナンスを業界の新たな情勢に適したものにするため、同社の株式公開に踏み切る選択をした」と回答し、最近の「変革」のなかで決済サービス業界の競争は激しさを増している、と説明した。

ブラデスコはコメントを控えた。

ラテンアメリカ最大のネット銀行ヌーバンクで公共政策担当ディレクターを務めるエデュアルド・ロペス氏は「ピックスはブラジルの金融セグメントにおいて最大の変革をもたらすテクノロジーであり、今後数年間もその脅威は続くだろう」と語る。

ヌーバンクでは、第4・四半期末の時点で1360万人の顧客がピックスを信用販売のため利用している。ピックスによる送金の際に、ヌーバンクのクレジットカードの利用上限額まで借り入れができる仕組みだ。この仕組みを利用する顧客は、1年前に比べて166%増加した。

<新機能の登場も間近に>

ブラジル中銀がピックスの手続きを定めたのは2020年11月。個人なら無料で利用できる即時デジタル送金システムで、銀行には各々の口座をこのシステムに対応させることが義務付けられた。現金や、時間も手数料もかかる電信振込に代わる選択肢として、ユーザーはピックスを歓迎した。

「ペイパル」から「ベンモ」まで、グローバル規模でさまざまな決済アプリが登場している。だが、中央銀行がシステムの保有、運用や規制を担い、処理速度や効率、そして導入初日から銀行口座との全面的な統合を保障するという存在感を見せたものは、ピックスが初めてだ。

そのおかげでブラジル中銀は、1400万レアル(約4億2000万円)に満たない費用でピックスを開発し、導入コストは各銀行に負担させる一方で、銀行に対しては、より迅速で包括性の高い金融システムのメリットを保障することができた。

ピックス経由での送金額は2023年には17兆レアル(約511兆6400億円)以上。ブラジルにおける成功は個人・企業間(P2B)の決済にも急速に広がっていった。

ブラジル中銀はピックス経由の取引に占めるP2B決済の比率について、導入当初の5%からこの3月時点に38%へと拡大すると予想していた。オーナーの個人口座への支払いを受けている中小企業や非公式ビジネスの数を考えれば、これは保守的な予想だ。

ピックスでは、クレジットカード決済における標準的な不正利用防止策は提供されていないが、利用範囲が広く売り手にとっての取引コストが低いため、多くの小売企業が歓迎する決済システムとなっている。

小売グループのマガルーの金融子会社であるフィンテック・マガルーのカルロス・モアド最高経営責任者(CEO)は「ピックスは明らかに、(局面を大転換させる)ゲームチェンジャーだ」と語る。自社のピックス送金を処理することで、コスト削減や同決済システムを選択した顧客への割引サービス提供に活かしているという。

ブラジル中銀のピックス運用管理部門で上級顧問を務めるマヤラ・ヤノ氏は、現在、同中銀ではP2B利用におけるピックスの魅力を増すために新たな機能の導入を準備していると話す。

まず「ピックス・アウトマティコ」は学費や光熱費、電話料金などの継続請求に対する自動決済を可能にするもので、10月に開始予定となっている。これまで広く使われていた口座振替に代わる可能性があり、メディアのサブスクリプションやオンラインサービスの決済で使われていたクレジットカードの地位を脅かすかもしれない。

さらに大きな影響を与えそうなのが、「ピックス・ギャランティド」と呼ばれる新機能だ。これによって、ブラジルの消費者にとってクレジットカードの大きなメリットである複数月の分割払いが可能になる。

テクノロジー企業マテーラのカルロス・ネットCEOは、こうした変化は、今やブラジルの決済環境を左右しているピックスの成長を加速する可能性が高いと語る。マテーラは、新たな決済プラットフォームであるピックスへの企業対応を支援している。

「ピックスはデジタル金融革命の基準を打ち立てようとしており、クレジットカード業界にとって何よりも現実的な脅威となっている」とネットCEOは話した。

(翻訳:エァクレーレン)